title: comment/202404012133
author: Amane Katagiri
summary: 何を作ったかよりも誰が作ったかが大事にされることが多い世の中だとよく言われるのが思い浮かばれた。そして、ユイ先輩のように誰に評してもらえたかより何を評してもらえたかに価値を見出し続けることは、とても格好良いけれども、少し寂しくも思えた。
license: CC BY 4.0
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# 2024/04/01 21:33 in [DEADA1](/post/deadai/)

> 何を作ったかよりも誰が作ったかが大事にされることが多い世の中だとよく言われるのが思い浮かばれた。そして、ユイ先輩のように誰に評してもらえたかより何を評してもらえたかに価値を見出し続けることは、とても格好良いけれども、少し寂しくも思えた。 - 黒森くらん

くらんさん、「[DEADA1](/post/deadai/)」を読んでいただいてありがとうございます。これまで、生成AI以後の世界では計算手が電子計算機に置き換わったように技術そのものの価値は薄れてしまい、誰が誰に向かって描くかというコンテキストが重要になるだろうと述べてきました。しかしその正反対の極致として、ただただ技術だけでAIと競い合う生き方もありえるのではないかと思い、ユイ先輩が輝くための人間給餌器という舞台装置を用意してみました。

なんか書評みたいなコメントをもらってちょっと恥ずかしいですね。書籍化のときは帯に掲載させてください。
