title: みんなの冷蔵庫
author: Amane Katagiri
summary: ディスのトピア
date: 2016-06-24T22:19:00+09:00
category: ugoki
license: CC BY 4.0
rating: sfw
ai_summary: 駅に家電を置き便利にするという理想から始まった試みが、管理の放棄や私物化、毒殺事件を経て、無秩序な廃墟へと変貌する過程を描く物語。主人公は管理者としての責任を放棄しながらも、公共空間の崩壊と他者への加害を「自由で合理的」と肯定し、さらなる混乱を望む狂気へと至る。善意がエゴと悪意に塗りつぶされ、公共性が失われていく皮肉と恐怖を、一人の男の視点から冷徹かつ皮肉たっぷりに綴っている。
ai_keywords: 公共空間, 善意の搾取, 自己責任, 秩序の崩壊, 狂気, モラルハザード, 毒殺, 無責任, ディストピア, 利己主義

もし駅に冷蔵庫が置いてあったら、なんて幸せなことだろう。

電子レンジと、湯沸し器と、それにテレビが一緒にあったらもっといい。

それらを全部、24時間いつでも使えるようにしてほしい。

なぁ、良い提案だろう？　みんなが使える耐久財が、みんなが使いやすい状態で置いてあるんだ。

そうしたら僕は、きっとこれからいろんなことができる。

この前買った安売りのコーヒーを一本入れておいて、ホームでテレビを観ながら紙コップに注いで飲むんだ。

パックのご飯を温めて、粉末味噌汁にお湯を注げば家に帰る必要もなくなる。

駅が便利な生活の基盤になる、こんなに幸せなことはないじゃないか。

管理者は駅の利用者から選ぼう。使う人が管理するのがきっと一番だから。

----------

それから生活は大きく変わった。

売店も案内板も避難具も撤去され、辺りにたくさんのベンチが配置された。

寛ぐのにこんなの必要ないから、すごく合理的なことだ。

ここで生活したい人に必要なものを、必要なだけ。

資源を有効活用するため、電化製品もベンチも拾ってきたものだ。洗えばきっと新品と変わらないから大丈夫。

都合の悪いことを言ってくる人たちは、全部規則で縛って警察に連れて行ってもらった。

この平和を、自由を、壊させはしない。

----------

ある日、冷蔵庫から僕の入れたお気に入りのコーヒーがなくなった。

冷蔵庫もレンジもすっかり汚くなって、水を入れっぱなしの湯沸し器には虫が湧いていた頃だ。

一週間に一度しか来なくなった管理者に、僕は訴えた。

あれは高かったんだ、弁償しろ、誰が責任を取ってくれるんだ。

そうしたら彼は、こう言った。

自己責任でやってくれ、弁償だの、犯人探しは管理者の仕事じゃない。

それに僕はもう、この駅で寛ぐのに飽きたんだ。

そもそも、寛ぎたければ自分の家に帰ればいいだろう。キミは自分の家が無いのか？

管理したければキミがやると良い。

ちょうどその場を駆け抜けようとしたゴキブリを踏みつけて、彼は帰っていった。

そう言われて僕は、彼の飲み物に毒を盛ってやることにした。

次の日、彼はあっけなく死んだ。

彼はいつもここに置いたグレープフルーツジュースを飲んでから会社に行っていたのを、僕は知っていた。

犯人は見つかるわけがなかった。

誰が入ってきて、誰が出て行ったかなんて、記録しているわけがない。

何と言うか、公共の場に放置したものを飲食するなど、拾い食いと大差ありませんね。

どの局のコメンテーターも呆れた口調で言っていた。

----------

それからは、僕が駅の管理者になった。

春になって新しい冷蔵庫利用者が増え、この駅も大繁盛だ。

でも、僕の目には身勝手な利用者の姿が映る。

僕が昔からここを知っているんだから、規則はしっかり教えてあげなくちゃ。

少しの違反も見逃さず、大きな声で叱責した。

一人、また一人と叱っていたら、とうとう誰も来なくなった。

誰もこの理想には賛同してくれないのだ。僕は絶望した。

今年の訪問者たちは、平和、協調、自由、それを解らぬバカばかりだった。

誰も駅には来なくなったけど、僕は今日もここでアニメを観ながらビールを飲んで食事をしている。

気の合う仲間たちが、深夜に酒を持ってやってくる。

そうして泥棒よけに、今日もダミーの飲み物に毒を盛るのだ。

実に合理的で、素晴らしい、自由な世界になった。

---------

今年の春、僕は転勤することになった。

あの寂れた駅のことなど、僕はもう知らない。

今は便利な電化製品が使えるというのを聞きつけたホームレスの寝床になっているらしいよ。

どこからか電話が来て、僕にそう言ってきた。

知りません、そんなのは今の管理者に言ってください、と笑って返してやった。

今の管理者の顔は知らないが、平和と自由を守るために頑張ってほしい。

確かに最初は僕が提案したことだけど、僕はもう使っていないのだから、関係ないよ。

永遠に無給で公共の場を管理するなんて、そんな地縛霊みたいなこと僕はやらないよ。

管理者は駅の利用者から選ぼう。使う人が管理するのがきっと一番だから。

---------

普段は鍵の向こうに、警備員の向こうにあるはずのおもちゃが、目の前にある。

みんなに使ってほしい、いつでも使ってほしいとラベルが付けられて、無防備にも晒されている。

こんなに面白いことはない。こんなに便利なことはない。

ねぇ、だから世界中に冷蔵庫を置こう？

そうして色んな人が毒を盛って、たくさんの人が死んで、でも犯人は見つからない。

冷蔵庫を薬品を入れた瓶で一杯にして、酔っぱらいを騙してしまおう。

電子レンジで生卵を加熱して逃げるのもきっと面白いよ。

湯沸し器でボウフラを飼って、たくさんの蚊を放ってしまおう。

全然知らないところの冷蔵庫に行って、大量のエロ雑誌を詰めて帰ってくるのも楽しそうだ。

こんな便利な世界はないよ。

なぁ、良い提案だろう？
