「貴女たち……いま、わたくしのパンツ見てたわね! 見ないでって、あんなに言ったのに! あぁっ、信じられないわっ!」
一日全コース貸し切りのゴルフ場に響き渡る甲高い声は、高松 志乃――紫苑女学園高等部三年で、学園内最大の社交クラブ「紫風会」の主宰――のものである。怒りに震える表情で制服のスカートの裾を押さえる彼女は、同行する周囲の生徒たちから向けられたいやらしい視線を跳ね返すように周囲を睨み付けた。
「志乃……? 急にどうしたの?」
「ま、雅美……だって、さっきからこの方たちが、わたくしのパンツをいやらしい目で見てくるのよ……」
志乃が目に涙を浮かべてその腕に縋り付いたのは、彼女と長らく付き合いのある同級生の中浜 雅美である。ゆるくウェーブのかかった明るい髪色の志乃とは対照的に、ストレートの黒髪が美しく輝くクールな美少女という印象で、学園内では特にお似合いのカップルとして噂に上るほどの人気だった。
ゴルフ経験のほとんどない彼女が、しかも制服姿のままコースに出るのを許されているのは、ここが彼女の父によく世話になっているゴルフ場だという点が大きい。
しかし、この志乃の制服姿は彼女の忘れ物が原因というわけではなかった。当日のクラブハウスに手違いでゴルフウェアの用意が4着しかなく、どうしても誰かが制服のままコースを回らなければならなかったのだ。この会を主催する年長の志乃がその役を引き受けたのは、まさに彼女の徳から出たものだというしかない。
「なんなのよ、貴女たち……黙っちゃって! 貴女たちのパンツはスコートで守られてるからって……わたくしのパンツ、見ていいわけがないでしょう? 早くお答えなさい!」
なおも怒りが収まらない志乃は、後ろで打順を待っていた後輩の生徒たちをそう問い詰める。
大騒ぎしている一行だが、彼女たちはまだティーイングエリアの上である。志乃が何度かティーショットを試しただけで、ゲームは何一つ進んでいなかった。彼女の主張によれば、後ろで待つ後輩たちがスイングした拍子にスカートがめくれるのを今か今かと待っていた、ということらしい。
「い、いえ……私たちは、その……ねぇ、久保田?」
「えっ……私⁉ あ、章世ちゃん……えぇと、高松さま……私たち、決して見たつもりはなくて……ねぇ、小山さん?」
遠坂
陸上部で活躍する章世は志乃の役に立つチャンスだと張り切っていたのだが、一方の沙樹は章世の推薦で招かれたものの、いつもは茶道部で活躍する大和撫子である。ゴルフの経験はおろか大会さえ見たこともない沙樹は、前日にその不安な気持ちを章世に漏らしていた。
いずれにせよ、章世と沙樹は志乃が主催する会――特に高松会と呼ばれていた――に招待された名誉を喜んでいたのだが、今となっては後悔しか残っていない。彼女たちの知る志乃は、こんな鬼の形相でパンツパンツと騒ぎ立てるような人物ではなかったからだ。
二人は誤魔化すような苦笑いを浮かべたまま、答えもはっきりとしない。実際のところ、彼女たちは志乃のパンツを見ていた――というより、見えてしまっただけだ。しかし、そうはっきり答えるには、学園内での志乃はあまりに別格の存在であった。大空の下でパンツが丸見えになっていたなどと、後輩たちの前であけすけに指摘されたのでは彼女の顔が立たない。
「なによ、小山が見ていたのっ⁉ あなた……はっきりおっしゃいなさいな!」
「あっ……その、ですね……高松さまの、下着が……その、先ほどからずっと――」
章世、沙樹と背の順に並ぶ一際小柄な
そんな彼女が、か細い声で志乃のみっともない様子について指摘しようというのは、志乃の格の高さがまだ正恵に染み渡っていないせいもあったが、ここは二人よりも勇気があると表現するべきだろう。事実、志乃が学園でここまで声を荒げる姿を見たことがある者はいなかった。
「――みんな。志乃が嫌がってるから……やめてあげて」
しかし、正恵が絞り出した勇気の声は雅美にかき消されてしまう。雅美は毅然とした表情で志乃を隠すように三人の前に立ち塞がると、彼女を守らんと言わんばかりに腕を広げた。志乃はその姿を見てはっと驚いていたが、それから小さく頷くと身を縮めてその背中に隠れて身体を小さく震わせる。
なんでそんな真剣な顔で高松さまをかばえるんだろう。本当は何かの撮影なのかな。章世と沙樹はそれぞれそんなことを考えた。
「わたくし、本当に怖くって。この方たち、本当にゴルフに興味がおありなの? ストレッチの時から、わたくしのパンツをジロジロと……」
(高松さま……どうしてあんなにスカートを折ってるわけ? 移動の時は普通の丈だったんだけどな……)
(あれ、別に買ったスカートを切ったんじゃない? 新品に見えるもん)
スカートの裾を強く引いて押さえる志乃だが、彼女が履いているのはなぜか、ほんの少し歩くだけで水色のサテンがきらめくショーツがチラチラと覗く超ミニスカートだった。屈んだりストレッチで脚を広げればもちろん、クラブをスイングするだけでパンツが見える。今は雅美の後ろに隠れたおかげでやっとパンツが見えなくなった、という有様である。
もちろん、この三人は志乃とゴルフをプレーしてほしいと言われてここに来ただけで、クラブの主宰を務める先輩のパンツに興味があって集まったわけではない。結局、手が付けられないほど怒り狂う彼女に困惑しながら立ち尽くすしかなかった。
正恵は二人の会話を聞いて、短く切ったスカートを持ってきたという案に密かに賛成した。スカートを折ってどうにかなる丈ではなかったからだ。
「遠坂! 久保田! 何をこそこそ話しているのっ! わたくしのパンツがそんなに面白くて⁉」
すると、雅美の背中から飛び出した志乃が二人に向かって指を差してそう叫ぶ。もちろん、身体が大きく跳ねた拍子にまたパンツが見えていた。まるで走り高跳びのような流れるような動きで、するりと。
「いえっ、なんでもありませんわ!」「章世さんにゴルフのアドバイスをいただいてましたの。おほ、おほほ!」
「あら……そう。ならいいわ。でも、そのような助言はみなさんに聞こえるようになさい」
取り繕った笑顔で「はいっ!」と答えながら心の中でほっと安堵の息をつく二人の前で、志乃も呆れたように大きな溜息をつく。そして、今度はここまでカメラを回していた岡野につかつかと歩み寄った。
カメラ目線でまっすぐ向かってくる志乃は、もはや強引なマスコミの取材に対峙する痴女である。
「この方たち、一葉がお集めになったのでしょう? いったい、どういうおつもりなのかしら……」
「はっ、はい! 遠坂にゴルフの覚えがあるというので、ご友人と共にお誘いしました。小山は私の旧知でして、手伝いを兼ねて来てもらおうかと……」
一葉はカメラに向かって話す志乃の様子をそのままに、音声だけをカメラに乗せてそう答えた。いつもプロの撮影を意識している一葉にとって、こうして無駄なライブ感が出てしまう演者との会話は、本来なら三流の振る舞いである。今日はあくまで例外だ。まさか撮影係にまで飛び火するとも思わず、ぐっと握り込むカメラの画角が少し揺れる。
映像を見返すときに手ぶれがあると志乃が酔ってしまうのを思い出して、一葉はそっと脇を締めた。
「一葉……貴女、さっきからわたくしにカメラを向けているわね? こんなに……パンツが見えているというのに」
「し、しかしそれは……普段から撮れるものは撮っておけと、高松さまがいつも……」
「ひょっとして……わたくしのこと、裏切るおつもりなの? わたくしのパンツを撮って、あまつさえ売り捌こうだなんて……キーッ! 貴女のこと、信じていたのに!」
一葉はまた思わず「えっ!」と驚いた声を上げる。高松会の撮影では指示があるまでカメラを止めるな、と日頃から言われていた一葉だったが、そうまで言われて無用な疑いを被るわけにもいくまい。
慌ててカメラを下に下ろすと、よく整えられた芝生と志乃の足元が映り込む。綺麗な緑の絨毯の上で、志乃が怒りのあまり地団駄を踏む姿がよく映っていた。
「いえっ! そんなことは決して――」
「貴女っ、どうしてカメラを止めるのっ⁉ ちゃんと撮りなさい! 裁判になったら、これが唯一の証拠になるのよっ!」
「は、はぁ……分かりました。では、続けさせていただきます……」
これでどんな裁判を始めたところで、きっと志乃に不利な証拠になるに違いない。
なぜか彼女をかばう雅美はまだしも、付き合いが長いはずの一葉でさえも志乃の奇行に翻弄されている。そんな姿を見た後輩の三人の間には、どうやらこれは高松会の洗礼ではなく、ただの異常事態なのだという確信――屈折した安心感と言ってもよい――が訪れていた。地獄の中に砂丘を見つけて喜ぶようなものである。
「あの……高松さま、そろそろゴルフの続きを……」
そうと決まれば、と章世が志乃のゴルフボールが飛んでいったフェアウェイ右寄りの前方を指差す。強引にコースに戻せばこの怒りも収まるかもしれない、と思ったらしい。確かに、もともとは章世が志乃や周囲の生徒にゴルフの基礎を進講しながら楽しく過ごす会、のはずだったのだ。
「だって、視線を感じるんですもの。貴女たちの、とってもいやらしい視線を!」
「そ、そうですね。視線が……はい。でも、コースも回らないといけませんし……」
「わたくしだけが一人でミニスカートを履いてるのが変なのよね? それがおかしくって、見てしまうんでしょう?」
「いえ、高松さまがおかしいわけではないんですが、その……」
「一葉だってそうよ。昔はあんなにギラギラしたカメラ捌きでは、なかったもの……」
怒っていたと思ったら、急にしおらしく黙り込む。高貴な高松さまをこのまま押し込んでしまうには、どうにもばつが悪い。一歩前に出て声を上げた章世は、早くもその決断を後悔した。なにせ今の志乃は、後輩から何を進言しても被害妄想で曲解してしまうパンツモンスターである。今は一葉さえも彼女を止められない。でも、どうしたらよかったのか。
雅美が動くまで待つべきだったかもしれない、と策もなく黙り込む章世。そんな彼女を救うつもりか否か、再び雅美が志乃の前に立って優しく語りかける。
「みんな、志乃の下着を盗み見るのをやめなさいと言ってるの。志乃だけじゃないわ……私からもお願いしてるのよ」
その言葉を聞いた志乃がうんうん、と大きく頷く。いや、中浜さまはどういうおつもりで言ってるんですか……と章世はアイアンを差し出した手をそっと下ろした。志乃はもはや自分たちには扱えないと分かっている中で、三人の興味は雅美が味方なのかどうかという点に移っていた。なぜそんなに冷静に志乃の味方ができるのか……単なる幼馴染の絆と説明するのも難しいだろう。
では、なぜ――それでも、今は雅美の助け船に乗るしかなかった。
「はい……決して見ませんわ。お二人も、ね?」
「はい。高松さまの下着は見ません」
「私も……絶対見ません」
「えぇ、それでいいのよ。分かってるじゃない。それで、次はどうしたらいいの? 遠坂、教えてちょうだい」
ここまではっきりと意味不明な誓いを立てたおかげで、やっと志乃の気持ちが落ち着いてきたらしい。章世が差し出したアイアンを受け取ると楽しそうにフェアウェイを歩き始めた。もちろん、スカートはひらひらと舞ってパンツは丸見えのままである。
彼女の球はちょうどバンカーに落ちていて、芝に抜けるバンカーショットの練習にはぴったりのシチュエーションだった。
章世はほっと胸をなで下ろして、志乃の構えに二、三つアドバイスを加えながら、バンカーの特徴やちょっとした蘊蓄を語り始める。バンカーの坂を越えるための無理な構えで、先ほどよりもパンツは露わになっていたが、志乃が周りの視線さえ気にしなければ、ただテカテカの布が見えているだけだ。こうなると、いやらしくもなんともない。
そうそう、こういうのがやりたかったんだよね……章世と沙樹の間にも、温かく緩んだ空気が流れているのが分かった。
「ですから、クラブを砂に付けてはいけないんです。あくまで自己申告ではありますが、紳士淑女のスポーツでして、そこはきちんとした――」
「そうね。こうやって、淑女……淑女ね……でも、貴女たちは全然淑女じゃないわね! わたくしだけ打っているのも、隙だらけのパンツを見るためってことなの⁉ あぁっ、おかしいと思ったのよっ!」
……しかし、そのほんわかとした雰囲気も一瞬でかき消される。志乃は今にもボールを打とうと構えたまま静止していたアイアンをぶんと振り下ろして、バンカーの砂の上に叩き付けた。そしてまた見事な地団駄を踏む。
もちろん、紳士淑女のスポーツであるゴルフのプレー中にこんな蛮行があってはならない。できるなら、章世だって本当はそう注意したいところだろう。これはただ、ここが志乃の父にしっかりと世話になっているゴルフ場であり、このあと一葉と正恵がレーキでしっかりと平してから先に進むので、なんとか許されているのである。
章世がまたなんとか志乃を宥めようと、砂に半分埋まったアイアンを取り出して手渡そうとする。しかし、彼女はその手を振り払うように再び章世に向かって叫んだ。
「さっきから、遠坂がわたくしの近くで一番じっくり見ていたわね! 今も下から狙うつもりで……あー、恐ろしいわっ!」
「み、見てませんよ! 高松さまの構え方に心からアドバイスさせていただこうと……」
「うるさいっ! 指導だの助言だのと、パンツをジロジロ見る言い訳ばかり。今日はルームメイトも一緒だというのに……そんな浅ましい視線を晒して、恥ずかしくないのかしら……」
掘り出したアイアンを抱えて立ち上がった章世が、何やら冷たい視線の気配を感じて思わず振り向く。後ろにはルームメイトの沙樹が立っていて、ほんのりと疑念が混ざった目で彼女を見ていた。いや、そんなわけないでしょ⁉ また前を向くと志乃が睨み付けて、後ろを向くと沙樹の困惑した視線が刺さる。いたたまれなくなった彼女は、後ずさりして沙樹が並ぶ列に戻った。
すると、すかさず沙樹が章世に耳を寄せて話し始める。
(ちょ、ちょっと。章世ちゃん……見てたの?)
(見てないって、沙樹。いや……ずっと見えてるけど。こんなの言いがかりにしても滅茶苦茶だって……)
「また……またやってる! 貴女――」
「「す、すみませ――」」
こそこそと話していた姿をまた咎められるのだと思っていた二人は、慌てて背筋を伸ばして謝罪の言葉を述べ始めたのだが、その声は志乃の耳には入らないまま空に吸い込まれる。彼女の指先は意外な方向を向いていた。
「やっぱり! 雅美も、わたくしのパンツ見てるっ!」
「い、いや……私は、別に……」
「ねぇ、雅美にだけは……本当のことを言ってほしいの。わたくし……ぐすっ、パンツを見たのを謝ってほしいわけじゃないわ。うぅ……見たのか、見てないのかだけ……知りたいだけ。ですから……ね? 後生ですから、ちゃんと教えてちょうだい」
なんでここで泣けるんだよ。章世と沙樹は、涙ぐんだ声で雅美に縋り付いて彼女を見上げる志乃の姿を見て、自分たちはこの高度すぎるデートを見せつけるためだけに呼ばれたのではないか、と思った。
そうでもなければ、志乃が幅の広いリボンを腰に巻き付けたのと変わらないスカートを履いて、あまつさえ髪を振り乱して怒り狂う理由を説明できなかったからだ。
一方の正恵は、そんな短いスカートを履いておいてよく自分のパンツにそこまで感情移入できるものだと、なんだか明後日の方向に感心していた。ここでは最も年下の彼女には、普段は話すこともない志乃が全く異なる思考回路を持っているとしか思えなかったのだ。
とうとう志乃の無茶な追及の犠牲になった雅美はしばらく黙っていたが、一葉のカメラと後輩三人の視線を向けられて、とうとう決心が付いたように口を開いた。
「……その……そうね。私も……志乃のパンツを見たわ」
「あああああやっぱり見てるっ! 幼稚部から知ってる女の子のパンツ見て、いやらしい気持ちになってる! 幼稚園児のパンチラ想像してるっ! このロリコン!」
雅美の振り絞った答えが終わるより先に割り込んで叫び出す志乃だったが、彼女はバンカーで暴れる幼馴染の姿に慌てる様子もない。志乃が矢継ぎ早に畳みかけたあと、さらにたっぷり沈黙が流れて、やっとまた言葉を返した。
「志乃……私、この学園には中学から入ったのだけど……」
「あら、そうだったかしら……もう幼馴染みたいな仲なんだから、幼稚部から一緒ってことにしときなさい!」
「……えぇ、分かったわ」
この二人って幼馴染じゃないのかよ。そして何が分かったんだよ。ゴシップにもならないどうでもいいトリビアだったが、それを聞いた章世は思わず力が抜けてその場にへたり込んでしまった。隣の沙樹にも、もはや章世の腕を支えてあげるような元気はない。その横で正恵は、雅美の沈黙の使い方に深く感心して小さく頷いていた。
それから志乃をなんとか宥めて、バンカーでのプレーを一通り終えた彼女たちは、一度コース内の休憩所で身体を休めることになった。志乃はお花を摘みに行くと言ってこの場を離れていたが、休憩所のテーブルでは彼女のスカートの違和感について話す者はいない。もちろん、志乃がこの会話をいつどこで聞いているか分からなかったからである。
「みなさん、すっかりお疲れみたいですわね。……あら遠坂、何か気になることでもあった?」
「……いえ。高松さまのお美しさに、目を奪われていただけですわ」
「そうでしたの? しかし、わたくしなんてまだまだ道も半ばですわ。おーっほっほっほ!」
休憩所に戻ってきた志乃は、なぜか制服の胸がパンパンに盛り上がっていた。どうも、トイレで胸に布かスポンジを詰めて戻ってきたらしい。ここまで来ると誰にも理由は分からないが、同じように誰も気にする様子はなかった。未だに目の前でパンツが晒されているのに比べれば、大したことではなかったからだ。
「あとはパッティングだけですから、もう少し頑張りましょうね。久保田、小山」
「は、はい……」
「はい、頑張ります!」
彼女はそう告げると、四人が座るテーブルとは離れたベンチに腰を下ろす。まだ空いている椅子は残っているのに、と志乃に視線を向けると――彼女は大股を開いてスカートの中が丸見えに、というよりパンツが脚でピンと広げられていた。パンツが見えているなんて生ぬるい事故ではなく、巨乳の痴女がパンツを見せつける事案が起きたというほかない。
しかし志乃は、自分がそんな破廉恥な姿勢で話しているとは露ほども思わない平然とした態度である。
志乃の動きに合わせて、すかさず四人の視線はそれぞれの向きに逸れていった。慌てて下を向いて笑いを堪えて押し込んだのは章世と沙樹。正恵の視線は雨漏りが染みた天井の模様に。雅美は志乃の足元を漂っていたが、最後は彼女の顔を見つめることにした。もちろん、一葉のカメラはそのまま志乃のパンツに向けられたままだ。
「あのねぇ、みなさん。もし朝礼で藤原先生のパンツが見えてしまったら、貴女たちはそうやって、いやらしい視線を向けるのかしら? そんなことしたら、学園中で大きな問題になるに決まっているわ」
「で、でも……私たちの誰かが同じようなスカートでしたら、高松さまも見てしまいませんか? 中浜さまとか、私とか、沙樹とか……」
章世に志乃を説得しようというやる気が残っているのを見て、沙樹はもはや尊敬の念さえ覚えていた。沙樹がまだベッドで眠い目を擦るうちから、朝練に走り出していく章世に並外れた体力があるのは知っていたが、この習慣は先輩の理不尽な言葉にも折れない精神力に支えられてのことだと理解したのだ。
その姿を見た沙樹が拳をぎゅっと握る。私にだって、まだできることがあるかもしれない。
「そ、そうですよ。こんなに短いスカート、学園でも――」
「そんなの、見るわけないでしょう! 失礼ね! 話をはぐらかさないでちょうだい。とにかく、この学園の……紫風会の生徒はパンツを見る集団だなんて噂されたら……どうするおつもりなの?」
「……た、確かに、それは困りますけど……ねぇ、小山さん?」
「は、はい……でも、藤原先生もきっと、そんなスカートは――」
ダメだった。またたらい回しにしちゃってごめんね、小山ちゃん……と、沙樹が下を向いて黙り込む。小山は先輩の期待に応えようと、立ち上がって沙樹の主張を続けようとしたのだが、その声はまた志乃に遮られた。
「なるほどね……貴女たち、あくまでわたくしのパンツを見るおつもりだと。いいこと? わたくし、パンツを見てはいけないと言ってるわけではありません。視線の流れで見てしまうのは仕方ないことですからね。ねぇ、雅美?」
「え、えぇ……そうね」
「でも、今からパンツを見ますって顔をするのだけは、もうおやめなさい。視線の流れでパンツが入ってくるのは、仕方のないことだもの。見てもいいの……そういう意味ではね」
「そ、そうなんですね……勉強になります」
正恵はまだ、これがスタイリッシュなパンツの見せ方についての指導だと思っているかもしれない。そうでもなければ、こんな暴論から学べることなどないだろう。
「はい。それを踏まえて、ね……ちょっとみなさん、こちらを見てごらんなさい? ほら……」
彼女の指示に合わせて四人が志乃に視線を戻すと、今度は脚をぴったりと閉じる彼女の姿が目に入った。やっとパンツが見えない志乃の姿を見て、彼女たちは日常を取り戻した束の間の安心感に包まれる。当たり前のことが、こんなに大事だったなんて――
「はい、残念でしたわね! もうパンツは見えませんわ!」
――そんなわけもない。パンツが見えない志乃の姿にまるで周囲が落胆しているような主張で、気付くと彼女たちに新たな濡れ衣が着せられていた。四人は思わず顔を見合わせる。
「な、なんなんですか……」
「パンツ見えなくてどう思ったの⁉ 言いなさいっ、遠坂!」
「いや、ですから……見えたというより見せられたというか……」
「言い訳はいいから、はっきりおっしゃいなさい!」
パンツが見えない高松さまの姿の方が安心します、と言うわけにもいくまい。先輩に向かってパンツが見えて不快だったなどと謗るのは、こんな状況でも失礼なことだ。
考え込む彼女の顔を、沙樹は心配そうに見つめている。章世が雅美に助けを求めようと視線を送ると、雅美は拳を握って励ますような表情で頷いた。……この人は、私が今から告白でもすると思っているんだろうか。
もうどうしようもない。章世が小さく呼吸をして、ぐっと腹に力を込める。これは彼女が全速力で走る前の習慣だった。
「……その、はい。見えなくて残念でした。申し訳ございません!」
「やっぱり! パンツが見えるのを期待していたんじゃない。本当にいやらしいったら……一葉、あれを用意なさい!」
志乃の呼びかけに頷く一葉が、手元に抱えていたスケッチブックをパラパラとめくって目的のページを探す。残りの四人はきょとんとした表情で一葉の動きを見ることしかできない。
「実はね……貴女たちがここまでわたくしのパンツを何回見たか調べてもらっていたのよ。一葉、結果をこの方たちに見せて差し上げなさい!」
一葉がカメラの下で示すスケッチブックには、今日の招待客である後輩の三人と、そして雅美の名前が正の字と共に並ぶ表が書かれていた。つまり、彼女たちが志乃のパンツを見ていた回数を書き付けていたらしい。それに気付いた章世と沙樹は、神妙さよりも面白さが上回った葬式の一場面のように、思わず下を向いて笑いを堪えている。
まずい、と思って口を押さえた二人だが、志乃はその様子には気付いていないようだった。
「……ほら、これが貴女たちがわたくしにいやらしい目線を向けていた回数よ。反省して、ちゃんとカメラに向かって宣言なさい!」
一葉が名前と回数を指差す。最初に書かれていたのは章世の名前だった。なんでいつも私から……と溜息をついた章世が、一葉の構えるカメラの前に立つ。
「私、遠坂は高松さまのパンツを……7回見ました」
「私、久保田は高松さまのパンツを、6回見ました」
「こ、小山正恵です。私は高松さまのパンツ、10回見ました」
「中浜雅美。私は志乃のパンツを……15回見てしまったわ」
なんで幼馴染が一番たくさん見てるんだよ。なんか小山ちゃんも意外と見てるし。そもそも私本当に7回も見たの……? 先陣を切ってパンツを見たなどと言わされたことを思い出して、章世は急に恥ずかしくなっていた。こういう破廉恥な罪を告白させる罰は、先頭の方に恥が集中するものである。
こうして四人の正直な告白を聞いた志乃は、すっきりとしたすがすがしい顔でその場をくるりと回った。外に出ればスキップで駆け回りそうな表情である。
「えぇ。みんなの気持ち、伝わったわ。ありがとう。最後に、みなさんで一緒に宣言してほしいの。貴女たち、わたくしの周りに並んでちょうだい」
四人は志乃を囲む記念写真のような構図でカメラの前に並んだ。しゃがみこんだ志乃のスカートからは、もちろんパンツがしっかりと見えたままだ。しかも、今の彼女は規格外の巨乳の持ち主である。
「じゃあ、最後に声を合わせて『志乃のパンツを見ました!』ってカメラに向かって笑顔で言うのよ? いいわね?」
四人が顔を見合わせる。章世と目が合った雅美は、また彼女に向かって頷いた。章世は助けを求めるように沙樹に視線を送るが、彼女も控えめに頷くだけだ。こんなこと、年少者の正恵に任せるわけにもいかない。だからって、なんで最後まで私が……という思いを飲み込んで「せーの……」と章世が小さな掛け声を上げると、みんなが息を吸う音がぴったりと合った。
「「「「私たち、志乃のパンツを見ましたー! わーっ!」」」」
そして、体育祭の応援合戦でも聞くことができないような大音声が隣のコースまで響く。その心のこもった宣言を左右の耳からしっかりと聞いて、志乃は目を瞑って何度も頷いていた。なぜか目尻には涙さえ浮かんでいる。
「後輩から名前を呼び捨てにされるのも、なかなかいいものね……うん。今回はこれで不問にいたしますけど、もう次はありませんからね。分かりましたこと?」
「「「はい、高松さま……」」」
「もう疲れたし、わたくしは先に帰りますわ。雅美、帰りの引率はお願いね?」
「えぇ、分かったわ」
「一葉も、もうカメラ止めていいわよ」
「……はいっ! オッケーで~す!」
一葉の朗らかな掛け声が疲れ切った彼女たちの間を駆け抜けて、とうとう撮影が終了する。まるで、ここまでが全てコントの一幕であったかのように。
章世と沙樹は緊張の糸が切れたように溜息をつくと、そのまま流れるように漏れ出す笑い声を聞いて互いに顔を見合わせた。それを見た正恵もクスクスと笑い始める。雅美はそんな彼女たちの姿を見て、今日の高松会をどうにか空中分解せずに終わりまで運べたことに安堵していた。
そんな彼女たちを尻目に、疲れたと主張する志乃の足取りは雲のように軽いままで、休憩所を出るとやはりスキップでコースを駆け出していくのだった。
これが、嵐のように過ぎ去った今回の高松会の一部始終である。
「その……みんな、ごめんなさい。志乃もいろいろ仕事を抱えてて、毎日ストレスが多いから……」
「そ、そうですよね……いや、私たちは大丈夫ですから。ね、沙樹?」
「はい。これで高松さまのストレスが晴れるのでしたら……」
「私も、一年生で高松会にお誘いいただいたというだけで、身に余る名誉ですので」
「で……志乃の巨乳パンチラ写真、みんなは欲しい? 私の分と一緒に、何枚か印刷しておくけど……」
「「「いや、いらないです……」」」
その夜、三人のLINEには雅美からみんなで撮った記念写真が送られてきた。いらないって言ったのに。