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色盲

gray


B子は私が好きだ。たぶん。

何でも持っているあのB子が、どうして私を好きなのかは分からないけど。

彼女はA子よりも少しだけ背が高くて、キスをする時はいつも私に合わせてかがむのだ。B子は夕陽を背にしてキスをするのがお気に入りで、彼女が私の肩を抱くたびに、綺麗な長髪のフィルターをすり抜けた透き通ったブラウンの光が私に投げかけられる。彼女が身体を揺らすとその光もゆらゆらとついて回って、目を閉じててもその様子がぼんやりと分かるから、キスの間ずっとB子が私の手を引いて綺麗な水の中を泳いでいるような気持ちになる。

少し腰をかがめたB子は私と唇を重ね、とろとろとしたものを流し込んでくる。頭の中に広がる海は都会の空気なんかよりはずっと綺麗で、彼女はそれを口移しで私に渡すのだ。B子が甘い液体を私に注ぐたび、それは色んな所から脳味噌に染んでいって、それから身体の一つ一つがB子の色に書き換えられていくように感じる。

「不思議だわ。あなたにいくら愛をあげても、私の愛はなくならないの」

彼女がくれる愛が私の中に溜まっていって、それがA子とB子を切り離すまいとするのだ。そう信じることが、私には永遠かなにかを叶えるまじないのように思えてならなかった。


B子はいつも思っている。A子の目には、陽射しはどう映っているのだろうかと。

彼女と放課後の教室で向かい合うたびに、A子は私の知らない目をするのだ。私たちがいるところよりもずっと向こうを見ているような、穏やかで寂しげな視線に、私はなんだか泣きそうになる。あんなに遠くにある太陽の視線が、私よりも暖かくて優しいなら、太陽とキスしたほうがよっぽど気持ちいいと思うから。

B子はいつも心配している。A子が私から離れていったりしないかと。

綺麗なものや汚いものに心惹かれて、どこかへ行ってしまうのではないかと心配してしまう。私より気持ちいい何かに夢中になって、A子の一番が私ではなくなる時がいつかやってくるのだろうか。誰かに乱暴をされて、そのまま拐かされてしまったら、A子はいつまでB子のことを忘れられずにいられるだろうか。

だからいつも私はA子に愛を流し込んで、他の誰も入る余地がないように縛り付けているのだ。

A子は当然そんなこと知らないし、こんな醜い私を教えたくはない。彼女はB子を完璧だと言うけれど、私の心はいつもぐちゃぐちゃで、ずっと歪んだ愛で打ち震えている。相手も知れない嫉妬と絶望への妄想が過ぎる日は、彼女に与える愛よりも私に溢れる愛が多くなって、溺れ死んでしまいそうになる。

今だってそうだ。もっと私を見てほしい。私だけを見てほしい。私の知っているA子でいてほしい。

「私、A子ちゃんの色が欲しいのよ」

抱きしめて耳元で囁くと、A子の身体がぴくりと跳ねる。夕陽に浮かび上がるその笑顔には、驚きと戸惑いが混じり合っていて、でもそれが段々と無邪気な喜びで隠されていくように見えた。


「A子ちゃんが上になるキス、初めてかもね」

私が太陽を背にして、椅子に座ったB子が私を見上げる。いつもは髪を通る陽射しが、今はつやつやと輝く光の輪を作っていた。

「B子ちゃんの目、とっても綺麗だよ」

逆光でよく見えなかったB子の瞳も、今ではその明るい茶色の台座に広がる精緻な模様の一つ一つをはっきりと手に取るようにして眺めることができる。瞳孔から放射状に浮き出た無数の筋が、宝石のように整った一つの作品を作り上げているように見えた。

「ね、早くキスをちょうだい?」

A子からするキスは初めてで、それほどまでに私はB子に寄りかかっていたのだと思う。

自分の中から取り出した色を口移しでどろどろと流し込んでいくうちに、私は彼女と繋がっていくことを意識する。薄目を開けて彼女の様子を見てみると、目を瞑ったままのB子が頬を赤くしながら喉を動かしてこくこくと私の色を飲み込んでいくのが見えて、ひどく興奮した。首元に当たる陽光の影が、B子の鼓動に合わせて形を変えている。

冬の教室は寒々しくて、手や脚が心地よいほどによく冷える。身体の中から溢れ出す体液だけがただそこに、熱く流れ出していた。

何分かそうしているうちに、私の視界がぐらりと揺れて、たちまち世界が灰色に変わっていく。

「んっ、A子ちゃん……もう、おしまい? じゃあ、次は私の番ね」

B子はそう言っていきなり立ち上がったかと思うと、ちう、と私の唇から何かを吸い出し始める。その不思議な感覚に思わず目を開けると、彼女もまた夕陽にきらめく瞳を私に向けていた。頭の中が何も考えられない気だるい心地よさに覆われていって、私はB子から目を離せない。

見つめ合いながら脳味噌から無理矢理何かが引っこ抜かれる感覚に抗う――あるいは従うようにして背伸びするけれど、それは些細な抵抗で、長いキスが終わるまで唇の端からA子の弱々しい喘ぎ声が止むことはなかった。

彼女はその捕食を終えると、それを口の中で何度か転がしてから、取り出して指でつまんで軽く眺めてから床に落とす。ことっ、と少し硬い音がした。色のない世界で唯一紫に光っているそれは、大きめのビー玉くらいのサイズで、青と赤が混じり合っていない部分がひときわよく輝いている。

あっ、と私が声を上げるより先に、B子がその綺麗なビー玉を踏みつける。それは何の抵抗もなく、ぐしゃりと溶けかけの飴玉みたいな音を立てて潰れてしまった。すっかり潰れた飴玉はもう二度とは光らずに、靴と床の間にぬるりと汚い糸を引いたっきり空気にじわりと溶け込んで消えていってしまう。

「A子ちゃん、私よりえっちだったのね。でも、もうこれからはこんなもの、必要ないのよ?」


あれから、私にはすっかり色が分からなくなった。灰色の世界で、B子が私の手を引いてくれる。

B子は前より夕陽に見とれる時間が多くなったから、きっと私のプレゼントを気に入ってくれているのだろう。彼女が私を受け容れるたびに、それは彼女と混じり合って新しい色を作っていく。最後には、もはや切り離せなくなるほどにB子と一つになっていって、いつか私が持っていた色はこの世からなくなってしまうのだ。

気持ちいいこともほとんどみんなB子が壊してしまったから、私たちのえっちは愛撫も絶頂もキスが全てになった。私たちは毎日のようにキスをして、お互いの頭の中をお互いでいっぱいにした。キスをするたびに下からどろりといやらしい体液が溢れて、そこがとろとろに解れていくけれど、もはやそれに意味はない。軽く触って、また濡れてるわ、とB子が軽く笑う。

夕陽に照らされるB子の瞳は深いグレーの輝きを一層増して、前よりもっと綺麗になった。その艶はまるで何度も丁寧にチョコレートでコーティングされているみたいで、B子とえっちするたびに舐め取って口の中でとろかしてしまいたくなる。B子はきっとそれを許してくれるけど、我慢できずに両目を食べてしまったら彼女も困るだろうと思って、やめた。

「B子ちゃん。私のこと、好き?」

彼女が私があげたその色で私のことを見ているのだと思うと、見つめ合うたびに顔が熱くなる。でも時々、思うのだ。こんな何もなくなった私でも、B子は好きでいてくれるんだろうかと。

「えぇ、好きよ。今までの誰よりも、これから先の誰よりも」

B子は私が好きだ。たぶん。私はそれだけで嬉しいのに、B子がなんで泣いているのか分からない。だから私は目をつぶって、好きだよと言いながら永遠に彼女の手を引いて灰色の海を泳ぐのだ。ずーっと、遠くに向かって。


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遅れてごめんなさい。叱るといいと思います。