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0.4ct

高山さんのダイヤモンド・ペンダントは、少し小さい。と、思う。

「それ、素敵ですね」

でも、わざわざそんなことは言わない。

高山さんは同じサークルの先輩で、みんなの人気者。おっとりとした性格とふわふわの笑顔で、男子の会員はもちろん、女子にだって好かれている。ボブカットのふわりとした黒髪のショートヘアに、ぱっちりした目。あとはたいてい小さくレースの刺繍が入ったお手製マスクの下に隠れていて、マスクを外すと目元の印象よりも柔らかく見える。BUBBLESをよく着ていて、絵を描く時は袖をまくる癖があった。

成績に問題はなし。開示日にワイワイと不出来を自慢しあう人たちに混ざっては、しょっちゅう歓声と羨望の目に囲まれているのを見かける。実はもっと上の大学を狙っていたけど、ほんの少しだけ点数が足りなくてここに来た……という噂もある。おそらく本当のことだ。

だから、私は高山さんが好きじゃない。サークルのみんなに媚を売っているから。他の人の漫画を読むばっかりで、全然自分の漫画を持ってこないから。それなのに、本当はとても面白い漫画を描いてるから。私が死ぬ気で勉強してやっと入ったこの大学を、まるで滑り止めみたいに思っているから。

絵だって上手だし、講義だって片手間で簡単に聞けちゃうし。みんなにちやほやされて、褒められて。わざわざレベルの低い大学に来て、狭い社会でぬるま湯に浸かりたいだけじゃない。

今日だって、なんでもない日にわざわざ見せびらかすようにペンダントを着けて、綺麗って言われるのを待っている。私の言葉が社交辞令だと分かっているくせに、高山さんはニコニコと浮かれてみせた。それがなんだかおかしくって、さらに突っ込んだ質問をしてしまう。

「ううん。そうじゃなくて、ちょっと安く買えただけよ」

決算期直前だったからセールで安くって、と答える高山さんが内心恥ずかしい思いをしているのは分かっていた。だって、私はもう知っていたから。あれが安売りされた正規品ではなく、ダイヤがほんの少し小さい中途半端なペンダントだってことを。


深夜の通販番組では、よくアクセサリーの安売りをやっている。中でも、ある有名デパートが打ち出している「ほぼ0.5カラットの一粒ダイヤをあしらった」という売り文句は、この時間にテレビをつけていれば嫌でも耳に入ってきてしまう。

最初は「ほぼ」って何?なんて思うのだけど、それについては商品の紹介シーンを一度見ればすぐ分かる。大げさなリアクションの販売員とタレントの会話が挟まって、5分もすればまた同じ映像が流れ始めるけど、あとはもう見なくていい。

いわゆる大粒のダイヤモンドは最低でも0.5カラットは必要らしくて、そこからほんの少しでも小さくなるとガクッと価値が落ちるという。あとは、わずかな着色があるとか、インクルージョンがあるとか、いろいろ。そういうちょっと及第点に届かない粒を集めて、6本爪のペンダントトップに嵌め込んで、格安で出荷する。どうやら、そういうからくりらしい。

溜め込んだ資産の有効活用か、決算前の何らかの調整かもしれないけど、不思議な商売だ。

ほぼ0.5カラットとちゃんとした0.5カラットを並べた写真に「大きさはほとんど変わりません!」なんて、動画サイトのサムネイルみたいな下品なキャプションを載せた映像が幾度となく流れていく。資本主義。一億総活躍。大量消費社会。それ自体はシンプルで格調高いデザインだし、どんな広告を見て買ったってダイヤには違いないけど、販売員が白い手袋に吊るして規則的に揺らすプラチナのチェーンのきらめきさえも、だんだん安っぽく見えてくる。

「こんなの見て誰が買うんだろ」

あの老舗百貨店がお送りする! 通販限定商――リモコンに手を伸ばして、4度目の商品紹介をシャットアウトする。こういう寝ぼけた脳に、シンプルでストレートな情報が突き刺さると買っちゃうんだろうな。飯テロみたい。

不思議なダイヤの行く末を考えながら、ふと、まるで高山さんみたいだな、なんて思う。

ちょっと点数が足りなかったくらいで、こんな二流大学でのほほんと過ごしている高山さん。頭が悪くってなんとかギリギリ生きている私とは違うはずなのに、外から見た肩書きだけは一緒だ。それでも、サークルではこんなにちやほやされていて、きっとこの小さな社会では最適な生き方を選んでいる。

きっと、高山さんのペンダントも同じだ。ほんの少し小さいからって、ゴミの入った凡庸なダイヤと同じ箱に放り込まれる。ありふれた輝きに埋もれることを受け入れて、たまに本物の一流と比較されたりして、それでもまるで一流みたいな顔をして座ってなきゃいけない。本当は悔しい思いをしているのかもしれないけど、そんなこと私にはまるで分からないから。

だから、私は高山さんが好きじゃない。


まだ早い時間だったから、サークル室には高山さんしかいなかった。

「サークル、あんまり来れなくなっちゃうの? 寂しくなるね」

私がバイトを増やすという話をすると、高山さんは心配そうな素振りを見せた。身体に気をつけてね、とか。食費を切り詰めたりしちゃだめだよ、とか。困ったことがあったら言ってね、とか。そんなこと、思ってないくせに。

高山さんは今日も小さなペンダントを着けていた。このところずっとだ。3回に1回、およそ週に1日。これからは週に0.3日。変わらず毎週見るかもしれないし、もう見ることはないかもしれない。それでいい。高山さんの胸元にすっぽり収まっている0.4カラットが、私はどうしようもなく嫌いだから。

「だって、絵って毎日描かないと忘れちゃうじゃない。サークルに来ない日でもちゃんとお家で描かなきゃだめだよ? 私、あなたのお話好きだから」

高山さんはそうやってみんなの漫画を褒める。どこが良いとか悪いとか、どこが上手いとか下手とか言わずに、好き、特にここが好き。話題に上がるのは、どうでもいいような描写だったり、しっかりこだわった構図だったり。絵が上手いなら、もっと的確なアドバイスをくれればいいのに。当たりも外れもごた混ぜの評価は、少なくとも私にとって世間話以上の何物でもなかった。

それから高山さんは世間話を続けた。学食の経営がやばくて、もうすぐ潰れそう。月イチで出てくるピザソースのベーグルが美味しかったのに。MMTに興味あるって言ってたよね? あの講義がすごく面白かったから、おすすめ。でも、隔年だから来年は受けられないね。狭山さんと中村さんって、別れたんだってね。私、付き合ったのも全然知らなかったし、別れたのもしばらく知らなかったな。そうそう、学園祭の原稿、読んだよ。すごく好き。

時折なんでもノート1にシャープペンシルを走らせながら、高山さんは独り言みたいに話し続けた。途切れ途切れに、たまに生返事で。まるで大学生活のすべてを吐き出すように、誰も伝えるでもなく、ずっと。

「私、大学やめることになったの。だから、最後に色々話したかったのよ」

話し終えた高山さんは、寂しそうにそう告げた。言葉があまり耳に入らないまま、私の手にじわりと汗がにじんだ。「みんなには言わないでね」と言われても、私はただ「そうですか」と小さく返すことしかできなくて。

高山さんがいつも手癖で描いている気だるそうなポニーテールの女の子を描き終えて、なんでもノートをぱたりと閉じた。しばらくして、他の会員がサークル室に集まり始める。高山さんが何事もなかったかのようにみんなと楽しく会話を交わす姿をぼんやりと眺めていても、高山さんの告白が私にどんな意味を与えたのか、まだ理解できずにいた。


あの日を最後に私はサークルに行かなくなった。

そして、増やしに増やしたアルバイトの成果は、0.5カラットの一粒ダイヤに消えた。ほぼ同じ材質とデザインなのに、ほんの0.01カラットのために値段が4倍になるなんて。それでも、大粒のダイヤにはそれだけの価値があるのだ、と自分に言い聞かせた。

黒い合皮の細長い箱を開け、おそるおそるチェーンを取り上げて、姿見に向かう。

高山さんのよりもずっと大きくて、ずっと透明なダイヤは私の前できらきらと輝いていた。プラチナと語り合うように揺れる大きな宝石は、まるで夕陽があたる渚から掬ってきたみたい。覗き込めばまるでなんにもなかったみたいに透き通っていて、それでも、きらめきだけは内側から溢れ続けて。こんな真っ直ぐな光が私を包み込んでいて、まるで、なんて、なんで……

……なんでこんなに似合わないんだ、私」

ずっと手に入れたかった高級な宝石は、確かに値段通りの輝きを放ち続けている。まるで私のことさえ覆い隠してしまっているみたいに。ダイヤモンドだけがここにいて、私はそこからいなくなっていた。私はペンダントをかけておくだけの何か。そんな気さえした。

いや、初めから薄々気が付いていた。だって、私は高山さんとは違うんだから。私にこんなアクセサリーなんて似合わない。

私は静かに試着を終えて、ペンダントをそっと箱に戻す。からり、と底にぶつかってまた光が揺れる。なぜか、その大きな石ころは手に取る前よりも小さくなっているように思えた。とっても大きな一粒ダイヤのはずなのに。あんなに苦労して手に入れたのに。私はなんでこんなものを欲しがっていたんだろう。こんなの――

「通販限定商品です! ほぼ0.5カラットの一粒ダイヤをあしらった――

ふと、あの通販番組の威勢のいいアナウンスが耳に入った。そして、テレビをつけっぱなしにしていたのを思い出す。そうだった。高山さんは0.4カラットで、私は0.5カラットなんだ。だから、買ったんだ。

『見てください! 0.4カラットのダイヤってこんなに小さいんです! だから大きな0.5カラットの方がもちろん上です――

そうだ。だから、あんな中途半端なダイヤモンドとは違うんだ。そう思うと少しだけ救われたような気がして、やっと、やっと、少しだけ涙が出た。


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