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フローチャートボード・印刷版チケット付きパンフレットのふりかえり

2021年11月23日(火祝)に第三十三回文学フリマ東京が開催された。変態美少女ふぃろそふぃ。として参加し、フローチャートボードなどの新たな展示や、新たな発行形態による新刊の頒布などを行った。ほとんどの内容はあまねけ!ニュースレター #10で述べたとおりだが、いくつか加筆して改めて企画の利点・欠点などを振り返る。

フローチャートボード

動機・目的

フローチャートボードは、主に売り子を通行人から隠すための取り組みである。つまり、売り子の存在による負の集客力を解消し、少なくともゼロまで引き上げることをねらっている。そのため、売り子の存在によって集客力が下がらないことが事前に分かっているなら、この企画を採用する必要はない。

即売会の可処分時間は、最大でも開場から閉場までの5~6時間程度が一般的であり、来場者はその中で目的のサークルに全て立ち寄る必要がある。たいていの来場者は、既にフォローしているサークルや事前告知から来場前にリストを作成したり(list ahead)、それらのブースの周辺から別のブースを探索して新たな作品を発見したり(booth strapping)する。後者の場合はサークルの事前情報がないため、基本的にはその場にある作品の表紙とポスター、そして売り子で判断することが多い。

作者と作品を切り離すべきという主張のアナロジーから、売り子で作品を選択すべきではないという主張もできよう。しかし、この主張では、インターネットの普及によって通販の効率化が進み、電子書籍の発行が容易になってもなお現地で開催される即売会が人気を集める理由を説明できない。即売会の利点は、特定の場所と時間を区切ることで生まれる お祭り性 の享受と、売り子とのコミュニケーションにある。そうでなければ、しばしば かわいい コスプレイヤーを売り子として配置する動機がアフター・オフパコを残して消失してしまう。

もちろん、作者と売り子が一致することで集客力が向上する(あるいは少なくとも減退しない)場合もある。特に、サークルがlist aheadされている場合は作者とのコミュニケーションを重視している可能性が高い。また、作品の傾向によっては作者の属性を明らかにしても集客力に寄与しない場合もある。ただし、この場合でも かわいい 売り子を作者と偽って配置することによって集客力を向上できる可能性は残っている。

売り子の存在が集客力にとってマイナスになるなら、いっそブースの後ろを丸ごと隠してしまおう、というのがフローチャートボードの基本的な目的である。

これは主に性的表現をほとんどあるいは全く含まない雑多な 百合 小説を頒布するサークルが発案した企画であり、かわいい 売り子がいるブースで何を買うでもなく延々とおしゃべりしている来場者を長年目撃してきた経験から生まれたものであることに注目せよ。変態美少女ふぃろそふぃ。は売り上げが非常に少ない弱小サークルであり、いわゆる売り子を依頼できる環境にない。

この企画は、文フリ東京31でのラブホパネルと同様のコンセプトであり、一連の中長期的な計画の一部である。ただし、ラブホパネルでは売り子を覆い隠すには高さも幅も足りなかったため、今のところ単なるおもしろアトラクションとして認知されている。

構成

フローチャートボードは、三つ折りにした高さ100cmの壁を机に立てることで成立する。今回の文フリでは机の高さが70cmであり、目線の高さが170cmを超えなければ中を覗き見ることはできない。

フローチャートボード、見本誌、カルトンが設置された長机と、黒いアームカバーを着けてリボンをかたどったピンク色の大きな指輪をはめた売り子が、両手をフローチャートボードの下から差し出している様子

より詳細には、上部のフローチャート掲載部分と下部の窓口・余白部分に分かれる。まず、高さ80cm×幅35(≓25√2)cm・30cm・35cmのポリスチレンボードを三つ用意してテープで接続する。そして、左右の下部が高さ20cmとなるようにフリーマルチパネル355×355mmを接続して、中央は商品の受け渡し口として空けておく。このボードの左右を45度売り子側に折り込むと、高さの割にはかなり安定して机に立てることができる。最終的には幅80cm×奥行25cmとなり、ブースの幅90cm×奥行45cmに収まりのよい構造物となる。

ボードの左右前面には見本誌やサンプルを配置する。A5サイズの冊子の高さが21cmのため、ボードの左右下部20cmは余白として放置した。今回、フローチャートではおすすめの既刊を通し番号で示したため、見本誌にも同様の番号を貼付している。

ボードの中央下部にはカルトン(青い支払い用トレイ)と呼び出しライトダミーの防犯カメラを配置している。売り子が黒い手袋とメルヘンな指輪を装着しているのは、売り子の属性を隠してフローチャートボードの効果を高めるための補助的な取り組みである。

この企画はフローチャートボードと名付けられているものの、フローチャート自体は本質的な部分ではない。通常ならブースの後ろ側に立てるようなA3サイズのポスターを配置したり、作品の末尾に付属するあとがきや4コマ漫画を大きく印刷することもできる。いずれにせよ、ボードに掲載する内容は企画の目的にはあまり寄与しない。

このフローチャートは、はい/いいえで答えることができる質問を辿っていくことで、最終的におすすめの既刊についての情報を受け取ることができる内容となっている。

フローチャートのデザイン

今回は番号に対応する作品を明らかにした状態で頒布を行ったが、ボードには番号のみを示して、受け渡しまでどんな作品が出てくるか分からないブラインド販売にしても面白いかもしれない。

質問の内容は以下の通り。

  • 「百合」は2人のキャラクターでしか成立しない関係だと思いますか?
  • 「百合」は常識を越えた架空の物語ではなく、現実と地続きに感じられる方が楽しめますか?
  • 「百合」はシスジェンダー女性同士でしか成立しない関係だと思いますか?
  • 「百合」はキャラクターの性別において隠すべき禁断の関係だと思いますか?
  • 「百合」は死や死の示唆と相性がいいと思いますか?
  • 「百合」は終末モノとして実装するのに適していると思いますか?
  • 「百合」は文章やイラスト・マンガなどの平面的な表現に収まるべきものではないと思いますか?
  • 「百合」は一定の年齢や場所によって一時的に生じる関係だと思いますか?
  • 「百合」には精神的な交流を超えた性欲の発露や過度な性的接触は不要だと思いますか?
  • 「百合」はSFとして実装するのに適していると思いますか?

Tipsの内容は以下の通り。

  • 誰も写っていない草原や浜辺、廃校などの景色の写真を撮影して「不在の百合」と称する取り組みが人気を集めています。
  • 「百合」は、無責任な拡張と恣意的な適用によって「女性同士の人間関係」というほとんど意味のないラベルに変質しました。
  • 現在ではより広く「既存の強力な異性愛規範を要求しない全ての人間関係(やその物語)」を指していると考えられています。
  • 月見草文化に代表される古典的な百合はしばしば終わりのある関係とされ、その面影が死への連想として今も残っています。

主な工夫ポイントは、プレイガイドと撮影OKマークを大きく配置したこと、新刊へのフローを用意したこと、おすすめできる作品がない人にもきちんとケアをしたこと1などである。

利点

フローチャートボードは明らかに大きな効果を生み出していた。フローチャートボードを利用することで、大きく分けて3つの利点があると考えられる。

まず、体験型おまつりコンテンツとして強い広告力を持っていた。ブースから見ていた限りでは、来場者がボードの前で左右に移動し、フローチャートを辿っているのが分かった。少なくとも、ラブホパネルよりプレイしやすい環境を作ることができていただろう。実際、比較的辿り着きやすいVesuvaの売り上げが異常に増えていたし、フローチャートとはあまり関係のない新刊についても普段より売れ行きがよかった。

次に、売り子と来場者を十分に隔離できていた。これは、新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止の観点から好ましいのはもちろん、この企画の主たる目的の達成でもある。来場者は売り子の視線を気にせずフローチャートに集中でき、売り子は購入者の視線や動きを観察してじっと待つ必要がなくなった。具体的には、足を止めて10秒~1分間ほどボードを眺める人もたくさん確認できたし、フローチャートを見て 百合の定義 について二言三言話す人もいた2

ただし、滞在時間が延びやすくなったため、表紙イラストにタイトル文字といくらかの説明を加えたような従来のポスターを配置するだけでは、来場者に物足りない印象を与えるかもしれない。

最後に、売り子が来場者の視線に惑わされることがなくなった。今回の設計では、来場者の膝から足元までしか見えないため、どこに視線が向けられているかを確認できない。しかし、ボードに注目してフローチャートを読もうとする人は、必ず視線とつま先が同じ方向を向くため、視線を直接確認できなくともこちらを見ていることが分かる。一方、ブースを流し見るだけの通行人は、通路を通り抜けることを目的としているため、決してブースには足を向けないのである。

ブースに興味を示さない通行人のつま先がフローチャートボードの方を向かない様子

ラブホパネルとフィッシングで「同人誌即売会は釣りのようなもの」と述べた通り、来場者の視線を観察して目を合わせたり声を掛けるのは戦略の一つである。しかし、 異常な通行人 に集中して精神をすり減らすのはあまりに楽しくない。そこで、あえて来場者の視線を遮断するフローチャートボードを エサ として設置することで、全自動魚釣り機のような体験を得ることができた。来場者がフローチャートを読み、見本誌を読み、購入を決めるまでの間に売り子が介入できることはなく、単なる会計係として座っているだけで済む。

なお、どうしても来場者の視線を把握したい場合は、マジックミラーのように一方から見える窓を設置したり、商品の受け渡し口に(ダミーではない)監視カメラを設置することである程度対応できるだろう。

欠点

多くの利点を持つフローチャートボードだが、その裏返しとしての欠点もいくつか抱えている。

まず、左右のブースに注目している人が、こちらのブースにはみ出しやすくなる。これは、売り子の視線を遮断して緊張感を排除したことによる弊害だろう。設置されているのがボードであれ見本誌であれ、ブースの前面からはみ出して他のブースを塞ぐのは多くの即売会で明示的に禁止されているものの、ブースの主から見えていないだろうという油断からつい居座ってしまうのは想像に難くない。

次に、ボードの構造上どうやっても左右からは売り子が見えてしまう。これは、構造物を机の天面だけで完結させようとする限りは避けられない特性である。完全に売り子を隠すのは現実的には難しいものの、複数の連続したブースを取得してボードの幅を大きくすることで、ある程度緩和することができる。

また、最初に述べたとおり、売り子の存在によって集客力が下がらないことが事前に分かっているなら採用すべきではない。これは、売り子を隠すことで集客力が下がらないように調整しつつ、体験型のコンテンツを導入して集客力を高めるための苦し紛れの企画である。

印刷版チケット付きパンフレット

動機・目的

印刷版チケット付きパンフレットは、事前生産によるサークルへのリスクの一極集中を避け、サークルと全ての購入者で不確実性を分担するための発行形態である。

これまで、一般的な同人サークルは過去の自分自身や周囲の売れ行きを参考にグッズや同人誌の発行数を決定し、事前に全てを生産してから即売会に参加していた(事前生産型)。この場合、そのサークルは在庫リスク・赤字リスクを一手に抱えているといえる。印刷のためのコストを回収できる売り上げがあれば問題にはならないものの、多くの弱小サークルはコストを回収できないまま在庫を抱えている。

しかし、サークルが発行するグッズや同人誌は本来アマチュアが自ら表現するための手段であり、サークルと購入者は必ずしも商業主義的な商店と客の関係に還元されるとは限らない。むしろ、作品を通じたある種の協力関係が成立していることさえある。すなわち、サークルのみがリスクを抱えるのは不健全な状態と考えることができる。

このようなリスクの一極集中を回避するために、オンデマンド型や完全受注型を用いた事後生産型に切り替えることができるかもしれない。オンデマンド型は注文のたびに生産するスキームで、完全受注型は最初に注文を受け付けてから締め切り後に生産を開始するスキームである。ただし、即売会で注文して後で届ける場合、先払いなら購入者が作品を受け取れないリスクが、後払いならサークルが代金を受け取れないリスクが増大する。

印刷版チケット付きパンフレットの目的は、事後生産型の採用によってサークルが得るメリットをそのままに、購入者のリスクを軽減することである。もちろん、作品が一定数確実に売れることが分かっている場合や、単純なオンデマンド生産や完全受注生産を実施できる場合は、この発行形態を採用する必要はない。

構成

印刷版チケット付きパンフレットは、印刷版チケットとパンフレットで構成されている。

印刷版チケットは、宝くじより一回り小さい6.5cm×14cmの少し厚手の紙片である。作品の表紙を横に伸ばした券面と、チケットに紐付く情報の登録情報を確認できるQRコードが印刷された半券がミシン目で区切られている3。裏面には、チケットに紐付く情報を変更するためのQRコードと印刷版チケットの利用規約が印刷されている。

長期保管に耐えるように厚手の紙や薄いポリマーを素材にすべきであり、同人誌即売会トラベル・スクラップブックに貼り付けても遜色のない質感を持たせることが求められる。

印刷版チケット(表面)

パンフレットは、A4サイズの紙を三つ折り(巻き三つ折り)にすることで、6つの細長い領域にコンテンツを印刷できるようになっている。面1には表紙イラストとタイトルを、面1をめくって現れる面2には表紙イラストとリード文を、さらにめくると面3~5にそれぞれ登場人物紹介、電子版のQRコード、次回以降の展望が描かれている。裏側の面6には印刷版チケットの利用規約のコピーを添付した。

電子版のQRコードが印刷された面4には右上と左下にチケットを収めるための小さなスリットが切られており、作品の紹介と電子版の提供だけではなく、スリーブの役割も果たしている。

パンフレットの外側(左から面2,面6,面1)

パンフレットの内側(左から面3,面4,面5)

このパンフレットは、電子版を読むためのある種のトークンとして作用し、省スペースなひとつの作品として物理的に保持できる独立性を持たせることができる。

物理的構成上は、単なる電子版のQRコードが付属したパンフレットに小さな紙片が添付されているだけである。しかし、印刷版チケットは一定の条件を達成することで印刷版と引き換えることができる。その条件とは「チケットが20枚以上発行されていること」である。20冊というのは、弊サークルが普段利用している印刷所の最小ロットに他ならない。

印刷版チケットは、事後生産型を大枠として、電子版の提供および共同購入のような仕組みを実現するためのスキームである。つまり、十分な注文数が溜まるまで印刷版の提供を遅らせる一方で、従来通り電子版を確実に提供できるようにして、サークルと購入者のリスクを極小に抑えることができる。

利点

印刷版チケット付きパンフレットの利点は、大きなリスクをサークルと購入者の間で小さく分担できるという点に尽きる。

先に述べたとおり、単純な事前生産の場合は、どのくらい生産するかをサークル自身で決定し、全てのコストをサークル自身が負って事前に作品を生産する必要がある。この場合、サークルだけが在庫リスク・赤字リスクを負っており、(潜在的な)購入者は何らリスクを負わない。そのため、リスク回避の傾向が強くなって生産数が低く抑えられる可能性も高い。

もちろん、趣味の同人サークルでも通常の営利団体と同様に自らリスクを負って商売をすべきであり、購入者にリスクを負わせるのは不当な責任転嫁だという意見もあろう。しかし、即売会や同人サークルが完全な商業主義に染まっていないからこそ享受できるメリットも多数あり、これらを温存しつつ構造的欠陥を解消するには必要な取り組みである。

印刷版チケット付きパンフレットを採用した場合は、事前に生産する必要があるのはパンフレットとチケットのみである。印刷版本体は 十分な 数が売れてから発行すればよく、それまでは資金を保管して待機していればよいものの、サークル側はいつ 十分な 数だけ売れるか分からない不確実性(リスク)を抱える。購入者も同様であり、購入時点では確実に電子版を入手できることのみが保証されており、印刷版がいつ発行されるか分からない不確実性を受け取っている。

さらに、単純な事後生産型と比較しても、とりあえず購入時点で電子版を読めることが保証されているという点で優れている。また、単に表紙を印刷した名刺やはがきサイズの紙を配布するよりも、より凝ったデザインのパンフレットやチケットを発行できるという副次的な利点もある。

購入者は電子版の入手が保証されているため、必ずしも印刷版が発行されるよう宣伝する必要がない。宣伝に参加せずに電子版を楽しんだり、(それが自由文化作品なら)ライセンスに基づいてファイルを再配布したり、自分で印刷して売り出すことさえ許されている。

欠点

本来、即売会というのは名前の通りその場で取引が完了する性質の強い場である。通常、サークルは事前の支払いに対して生産または返金することを保証できず、購入者も事前の注文に対して後でその対価を支払うことを保証できないため、その場で支払い、その場で引き渡すことを基本としている。

これは、事後生産型やその亜種が基本とする注文と生産の順番を入れ替える手法と相性が悪い。そのため、事前生産型ベースの取引を 期待 している(潜在的な)購入者を遠ざけてしまう可能性がある。事前生産型と比較すると、サークルがパンフレットを売るだけ売って印刷版を発行しないかもしれないという懸念もあるだろう。ただし、このリスクは購入者が結託して販売数を明らかにすることである程度解消できる。

また、印刷版チケット付きパンフレットは電子版で作品を読むことに抵抗のない読者を前提としたスキームであり、印刷版しか読まない・読めない読者に対してはあまりフィットしない。このスキームの上で必ず印刷版を入手したい読者には、パンフレットを複数枚購入するよう勧めるべきだろう。そもそも、印刷版の発行に大きなコストがかかることからこの手法が生まれたことを考慮すれば、印刷版を入手したい読者が(リスクを排除するために)より大きなコストを負担するのは当然のことである。

もちろん、(潜在的な)読者がどのようなメディアで作品を楽しみたいかを調査するのは依然としてサークルに任されており、場合によっては印刷版チケット付きパンフレットを採用すべきではないこともあろう。もちろん、作品を読む気もないのに「紙で発行してくれたら読んだのに!」という声を上げる異常者に騙されてはならない。

まとめ

各種作品は公式サイトからいつでもお求めいただけます。たのしい取り組みや面白い作品をみなさんにもっと知ってほしいです。


  1. 弊サークルの作品をおすすめできない人でも楽しめそうな作品がたくさん紹介されているサイトをQRコードで示した。 

  2. ポリスチレンボードで遮蔽されているおかげなのか、会話内容は商品の受け渡し口から少し漏れてくる程度でほとんど聞こえなかった。 

  3. ミシン目はOLFA ミシン目ロータリー28で切られている。 

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