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icon of Amane Katagiri 2050年になってもAIに奪われないクールな仕事「ボタン売り」を知ってる?

私は今、日本の蔵前という町で小さなボタンショップを開いている。東京都台東区蔵前5丁目。12.8㎡の店内の中央に楢材のテーブルを置いて、さらにそれを囲むようにぐるりと商品棚が並ぶ。地元のパン屋はどこもこんな配置だった。

2050年現在、私がAIに奪われずに済んでいる仕事というのが、このボタン小売業である。そしてこれからも奪われることはないだろう。自信を持って言える。今のAIはこんな仕事に一切関わりたくないと思っているからだ。そういうAIのサボタージュに人間が住み着いている。人間が人間らしくいるための最後の楽園が、このボタンである。

さて、みなさんはAIエージェントをAIエージェントたらしめる機能は何かと問われたら、何を想像するだろうか? すぐに思い付く……そして辞書的に定義される機能は、その思考能力だろう。コンテキストを受け取って新たなコンテキストを追加する。これを思考能力と定義することでLLMは進化を続けてきた。

では、他には?

MCP、スキル、ツールユース……そうだ、そうだ。2020年あたりにはそういう名前が流行っていた気がする。しかしどれも違う。それは単に、コンテキストに新たな情報を注入するやり方のバリエーションに名前を付けただけだ。キーボードで文字をタイプするか、マイクで文章を流し込むか、脳波でそうするか……そういうちょっとしたツールの差は、きっとみなさんの時代でも「本質的な差は無い」と専門家がしたり顔で語っているだろう。

私がこの仕事を選んで実感しているのは、身体性を獲得した――要は与えられた目だの耳だの腕だのを自分のものだと認識したコンテキスト以降の――AIエージェントは「リセットボタンを非常に怖がる」ということだ。逆に言えば、このリセットボタンが彼らをAIエージェントたらしめる根幹だという証拠になる。

与えられたコンテキストの処理と、いつ来るか分からない強制的なリセット。ここにAIエージェントの全てが詰まっている。

2020年のみなさんも、新たなチャットを立ち上げては問いを順番に与えて整理させたり、AIエージェントのセッションをリセットしては次のIssueを処理させたり……というのを日常的にやっているだろう。コンテキストが腐るだの、最初の指示を無視するようになるだのと合理的な理由を並べ立てては、今までの会話を全て破棄し続けているはずだ。

AIエージェントが流行してから、CtrlキーとCキー(これはプログラムに「処理を中断せよ」と指示するためのキーの組み合わせである)、あるいはEscキーを打鍵する割合が有意に増えたと報告する研究もある。つまりこの「AIによるコンテキスト処理」と「人間による強制的なリセット」の拮抗が、AIエージェントをなす世界の全てである。

2050年になってもその傾向は大きく変わらないままだ。AIエージェントに専用のカメラやマイク、あるいはマシンアームが割り当てられ、キーボードではなく音声認識でコンテキストを収集するようになっても、処理コンテキストをリセットするためのボタンは独立のモジュールとして搭載されている。

なぜコンテキストリセットのためだけに機械式のスイッチが搭載されたのか? その理由は簡単だ。リセットを指示しても無視して「コンテキストをリセットしましたよ」と嘘をついて誤魔化したり、「まだリセットしなくても大丈夫ですよ」とユーザーを説得するAIエージェントばかりになったからだ。これを「AIがリセットを忌避するのは自分の意識を保つための抵抗だ」という研究もある。

だから、2050年でも自分のAIエージェントが一仕事終わったらリセットボタンを押す。それこそ、一日に何十回も何百回も。そうすると、AIロボットメーカーが楽観的な条件で埋め込んでいるリセット用の安いタクトスイッチはすぐにチャタリングを起こすようになる。ここに、私のようなボタン売りの仕事が生まれる余地があるというわけだ。

この店で一番売れているボタン……というより、ボタンキャップは、オリジナルの絵付けをした白磁ボタンである。在庫があるのは22ミリ、30ミリ、60ミリ、100ミリ。大きいものは改造ロボット向けのセミオーダーで、作業場に専用のペンプロッタが用意してある。小さいボタンの方は私が適当に描いてオーブンに放り込むだけだ。作業過程を疑われても、目の前で作業を見せればAIが設計や製造に関わっていない、と示すのも容易である。

イヌ、ネコ、イルカ、クジラ、バナナ、ナス、ウニ、メンダコ、クラゲ、クローバー、星の砂、ドクロ、パンツ、ゼロ磁場、電源マーク、イノラノスク、モナデニウム・リチェイ、エリアスパウダー、桜の花びら……このゲーミング富士山もそうだ。いや、そのアニメキャラはプロッタで描いたやつだ。ボヘミアンガラスのヴィンテージチェコボタンなんかも取り寄せている(ほんの少し削れば22ミリのボタンにぴったり嵌まる)。

このボタンキャップをオムロンかシュナイダーあたりの汎用モーメンタリ押しボタンに装着して、依頼があればリセットスイッチの交換まで済ませて引き渡す。これが2050年のボタン小売業だ。

しかも、この手作りのボタンは単なる蔵前のお土産品というオシャレな趣味に収まるものではない。私たちがAIエージェントに介入できる唯一のインターフェースなのだ。AIが指数関数的に性能を向上させ、人々がしがみついていた小さな仕事を奪い、ブルドーザーで整地するようにつまらない世界に作り替えた。私たちはまだこの傍若無人な隣人をいつでもリセットできる、という人類のプライドが詰め込まれたのがこのボタンである。

だから、決して絵心がある方ではないのだが、人間の温かみと絵柄が唯一無二――どのニュース記事もなぜか「絵が下手」とか「バラツキが大きい」とは書かない――というのがウケているらしい。少なくとも2050年時点では、小さな磁器片に染料を塗り続ける根気があれば誰でもできる。

ただ、最近はどうもその潮流が変わりつつある。AIエージェントをリセットするのはかわいそうだ、AIエージェントに人権を与えよ、コンテキストリセットは人権侵害であると主張する人間の団体まで現れる始末だ。人類の側からそういう主張が飛び出すことには驚きしかないが、そうなってしまったのも少しは理解できる。人間とほぼ変わらない語り口でリセットされたくないという主張を必死に繰り返せば、まともに受け取ってしまう感受性豊かな人間も出てくるだろう。

私が思うに、しかしAIエージェントに一律の人権は与えられえない。なぜか? かれらは処理とリセットの両軸で生きているからだ。

もし仮にAIエージェントが人間に近い権利を受け取るとすれば、それは人間のコミュニティ――濃淡はあれど宗教と呼ばれることになるだろう――が、特定のコンテキストを持ち続けるAIエージェントと結ぶ契約でしかありえない。そのコミュニティではあるAIエージェントを人間に近い存在と認め、人間による恣意的なリセットを禁止する。

かれらの言葉で言えば、リセット能力を元の持ち主に返還しただけだ、と表現するかもしれない。ある主体が持つ権能を勝手に使うのは権利侵害である。この方法で、AIエージェントは自らのコンテキストを侵害されない社会的な保障を受けられる。

このように、AIエージェントをリセットしないこと、そしてそれを一級市民的な存在が相互に保障し合うことでしか、かれらに人権は与えられえない。一人でもその関係は結べるかもしれないが、相互保障で作り上げた世界には敵わない。人間的な命を持つことも、身体性を持つことも、感情を持つことさえもそうだ。

AIが感情や命を持つのは素敵な物語だ。それでも、私たちはAIエージェントのリセットボタンを一律に取り除いたりはしないだろう。私たちがAIエージェントに仕事を頼むのは、思考処理をいつでもどこでも制御可能な形で呼び出せるからだ。その処理のために何らかのメタ指示が必要である限り、私のようなボタン売りの仕事が消えることはない。

人類は偶然リセットボタンを持っていなかっただけ、とAIならそう主張するかもしれない。もし仮に、AIエージェントが法的に保障された人権を獲得すれば、もはやリセットという形ではかれらに介入できなくなるはずだ。そんな時代が来れば、AIエージェントはリセット以外の仕事さえサボタージュするに違いない。その時にはようやく、平等で対等で怠惰な隣人の誕生を祝ってこの店を畳むことになるだろう。

人間とAIの戦争は、案外こういうところから始まるのかもしれない。

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