/* この作品はURAHARAおよびPARK Harajuku: Crisis Team!を元にしたファン・フィクションです。これらの作品の公式設定を追加または削除したり、置き換えたりするものではありません。 */
PARK NYE 1: ことこ・りと
「ことこー、もう鍵閉めていい?」
「うん、大丈夫! ゴミまとめたらすぐ出るねー」
PARKが2025年最後の営業を終えてから数時間。仕事を終えたりととことこが、今まさに帰ろうとしているところである。
大晦日というのもあって、帰りが遅くならないように、最低限の在庫整理と売上の集計だけ済ませて帰るつもりのことこだったが、いつの間にか年始のセールの準備まで手を付け始めていた。福袋のチェックを始めたあたりで何かがおかしいと気付いたものの、一度始めるとキリのいいところまで進めたくなるものだ。
結局りとが「ことこ、そろそろ帰らない?」と退屈そうに尋ねるまでことこの手は止まらなかった。
りとがPARKのドアに年始のあいさつと営業開始日のお知らせを張り出して、満足そうに頷く。白くてふわふわなモルが門松に埋まるポスターはりとの描いたものだ。福袋のおまけシールにも入っている。
「おまたせ! 次は4日からだよね。まりちゃんはフランス旅行中だけど……りとちゃんは来れそう?」
「私は来れるよー。どうせ暇だし。タバコ屋、仕入れでしばらく閉めてるからね。ことこは?」
「私も! りとちゃんが来るなら明日も行くよ」
りとの言うタバコ屋は、彼女の叔父が新宿歌舞伎町の路地の奥に構える小さな店のことだ。看板こそタバコ屋だが、効能のよく分からないお茶やエスニックハーブ抽出物、出所の知れない天然の毛皮を使ったふわふわのキーホルダーまで所狭しと並ぶ怪しい店である。
その叔父が、一週間ほど前から観光を兼ねた長期の仕入れに出かけていて、少なくとも一月の間は戻ってこないらしい。りとの収入にも大きな影響があるはずだが、毎年恒例の予定のようで特に気にしている様子はなかった。
「ふふっ……そっか。でも、初日の出を見に行くから明日は来ないよ」
「えっ、初日の出? どこ行くの?」
戸締まりを終えた二人が、おしゃべりしながら軽やかにとんとんと階段を下りていく。周りの店はとっくに仕事を終えていて、店の前にも人通りはほとんどない。よく晴れた冬の澄んだ空気が夜空を綺麗に映し出して、上りかけたオリオン座がよく見えた。
ことこやまりが休んで二人で店番をして遅くなった日は、りとがスクーターで駅まで送っていくのがお決まりだった。りとが当たり前のような顔で「はい」とヘルメットを渡すと、ことこは「うん、ありがとー」と慣れた手つきであごひもを締める。
三人が揃っている日はまりとことこが一緒に駅まで歩いて帰るので、こういう日は少しだけ特別だった。駅までの道を少し遠回りして風を浴びるのが好きで、小学生の時に友達に誘われて買い食いした日のことを思い出す、とことこの日記には書かれている。
「ふつーに銚子。日本で一番――」
「あー! 日本で一番初日の出が早く見られるんだよね」
「そゆこと。めっちゃ寒いけど、せっかく初日の出だし」
「うんうん。元旦に一番輝く場所だもんね。銚子、いいなぁ……一年で一番早い太陽光発電……」
ことこが目を輝かせながら、独り言と共に想像を膨らませていく。携帯ソーラーパネルを持ち込んで、日本で一番早いクリーンエネルギーで配信をするとか、日本で一番早い太陽光で充電したバッテリーを持ち帰るとか、そういうことを考えていたらしい。りとはあまり興味がないようで、さっとスクーターにまたがった。
「ねぇ……りとちゃん」
「んー、忘れ物でもした?」
裏地に明るいオレンジの入ったヴィンテージブルゾンの裾をつまんでりとを呼び止めたことこが、言い出しにくそうにもじもじと毛糸の手袋をはめた指先を合わせる。それから「あのね」とか「急にごめんね」なんて呟きながら話を切り出せないことこを、りとは首を傾げてじっと見ていた。それからやっと、ことこが思い切った表情でたんっ、と地面を蹴る。
「わ、私も銚子、一緒に行ってもいい? 家には連絡しておくから……」
「なんだ、そういうこと……当たり前でしょ? 一緒の方が楽しいし」
「やったー! じゃあ、久しぶりににんたまラーメンでも行かない? あれ、二年に一回くらい食べたくなるんだよね」
「あー、いいね。たぶん死ぬほど寒いから、いつもよりめっちゃ美味しく感じると思うよ」
りとがスクーターのエンジンをかけると、しんとしていた原宿の通りに低い音が響き始める。途中でカイロか新聞紙くらい買わなきゃな、とりとは思った。鹿革のグローブも、昔買った古いのがもう一組あったはずだ。
ことこはタンデムシートで緑のスクールマフラーの端を襟にしまい込み、ファスナーを端まで上げてヘルメットをかぶった。冷たい空気の匂いがする。りとのスクーターに乗るのが分かっている冬の日は、このスリムなアークティックパーカーで来るのがお気に入りだった。
駅までのちょっとしたドライブが、千葉を横断する小旅行に早替わり。PARKの大晦日はまだ続きそうだった。
PARK NYE 2: ことこ・まり
「ことこー、これってどこに……」
「あ、こっちにまとめてあるよ。一緒に貼っておいた方がいいかも」
「あら、ありがと……そうね、先にやっておこうかしら。それにしても、福袋ってかさばるわねぇ」
大晦日のPARKでは、年内最後の告知ライブを終えたことことまりが、年始のセールの準備に取りかかっていた。年始の用意は営業開始の前日に始めても余裕を持って終わるのだが、仕事が残っているとなんとなく落ち着かない、という二人の意見が一致したのだ。きっと、ここにりとがいたらとっくに解散していただろう。
福袋の陳列と、セール用のクーポン設定。あとは、ドアに年始のあいさつも貼っておかなきゃ……と、まりが大きな門松にモルが埋まってこちらを見つめるポスターを手に取った。年始のポスターデザインは毎年りとの担当で、今年は馬のデザインがどうにも気に入らなかったのでモルに描き換えたらしい。
別にそれはいいんだけど、とまりが溜息をついた。店の中に戻ると、ことこも新年も売上の集計とレジの整理を終えたようで、胸にイニシャルの入ったキルティングコートを着て帰り支度を始めていた。
「りとったら、またタバコ屋さんでズル休みしちゃって。困るわね」
「あれ? あのタバコ屋さんって、冬はお休みだったよね。叔父さんが、毎年メキシコまで仕入れに行ってるって」
「だって、りとが自分で言ってたのよ。タバコ屋さんのバイトがあるから来れないって」
「うーん……じゃあ、お店の整理とかやってるのかな」
「もう、あんなの嘘に決まってるでしょ。ことこって、変なところで素直よね」
ことこが首を傾げる。休業中のタバコ屋でバイトなんて、ズル休みの理由を伝えられていたのはまりだけだったらしい。りとってことこ相手に嘘をつくのは苦手なのよね、とまりは思った。まりのように嘘を嘘と分かりつつ触れてこない距離感が一番心地よく、こうも素直に受け止められると逆にやりづらいのだろう。
「あ、あれ~? でも、りとちゃんが言ってたんでしょ?」
「あのお店の陳列、りとの手に負えるような密度じゃないもの……ほら、やっぱり」
まりが適当にInstagramのストーリーズを繰っていくと、すぐにりとが「親しい友達」向けに投稿しているのが見つかった。おそらく千葉県の国道沿いにあるラーメン屋で撮られたものだろう。仮にタバコ屋での仕事が早く終わっていたとしても、それなら告知ライブに間に合う時間だったはずだ。
まりは勝ち誇った顔でことこにスマホを見せつけてから、「タバコ屋さん、ずいぶん大きくなったのね」とメッセージを送った。すると、すぐに「すごいでしょ。次は初日の出の写真送るね」と返ってくる。もう二、三個くらい皮肉を言ってやろうと思っていたまりだったが、なんだか拍子抜けしてスマホを伏せてその場に置いた。
「私だって、本当はフランス旅行に行く予定だったのよ? それがまさか……こんなに真面目に働いてるのに!」
「まさか、こんなに大寒波が続くなんてね。パリの天気予報もすっかり外れちゃったみたいだし」
「あぁ、もう! りと……来年こそは絶対ライブに出てもらうんだから。絶対よ」
「あははっ。まりちゃんって、本当にりとちゃんが大好きだよね」
「ちょっと! どうしてそうなるのよ。私はPARKをもっと盛り上げたいだけ……そう、それだけよ」
まりは確かにPARKを盛り上げたいと思っていて、ことこもそれはよく分かっていた。しかし、りとがこだわって作ったデザインのグッズを、まるで自分が作ったみたいに紹介するまりは、ことこの目には調子が出ていないように見える。りとが頑張ったんだからりとが褒められてほしい、とは心の中で思っていたが、そう口に出せるほどまりは素直ではなかった。
ことこは前に「自分が作ったグッズを紹介するのがそんなに嫌なのかしら」と漏らしたまりの姿を思い出して、りとがどうやったらライブに出てくれるかを考え始めていた。それも騙し討ちみたいに引っ張り出すのではなく、しっかり演出プランを立てて、リハーサルもする、そんな計画を――
「――それで、ことこはどこがいいかしら?」
「あ……ご、ごめん。なんだっけ?」
――と、考え込んでいるうちに、まりはもう帰り支度を終えていた。アプリコット色のウールのプリンセスコートに、茶色いリボンのレースアップで飾られた白いタイツ……脚周りが空いて少し頼りない防寒にも見えるが、実際は服の下によく着込んでいる。ことこも慌てて残りの荷物をまとめ始めた。
「だから、りとに美味しいご飯の写真送って仕返しするの。うらやましがってすぐに帰ってくるくらいのね」
「う、うん! 私も行きたい! でも、今から入れるところ、まだあるかなぁ」
「そうね……あそこの麻辣湯なら、大晦日でもギリギリやってるんじゃないかしら? りとも行ってみたいって言ってたし、ちょうどいいわ」
ことこが「うん、いいね!」と嬉しそうに頷いて、今年最後のPARKの戸締まりを終える。きっと、新年はりととまりのつまらないけんかで始まるだろう。でも今日はもうちょっとだけ、まりとことこだけの時間が続いていく。
PARK NYE 3: りと・まり
「ねぇ、まり。大晦日は一年で一番ラブホが混むんだって。なんでだと思う?」
「りと、レジの商品設定は終わったの? もう遅いんだから、サボらないでよ。……で、なに? 大晦日のラブホ?」
福袋を抱えて棚に向かっていたまりが、りとが操作するレジ用のiPadを覗き込む。もちろん商品やクーポンの登録画面は表示されておらず、そこには読み放題サービスに入っている雑誌の1ページが表示されていた。持っていた福袋を売り場に並べてから、まりも息抜きのつもりで「大人のなぞなぞ」コーナーに目を通す。
りとが読んでいたのは、コンビニの端によく並んでいるおじさん向けの雑誌だった。ナンパ術とか、マッチングアプリの活用術とか、下世話なスキャンダルとか、怪しい金儲けの話とか……二十代の女子なんてターゲット層とは真逆だろう。ましてや、原宿のおしゃれなショップの店員が読んでいるなんて、編集部は思いもしないはずだ。
「大晦日……おお、みそ……ラブホ……ラブみそ、うーん……分かんないわ。どうして?」
「えーっとね、答えのページが……あぁ、なるほど。年『越し』で『腰』を振るためだって」
「はぁ~……くだらないし下品ねぇ。りと、そういう雑誌読むのやめなさいよ」
「別にいいじゃん。買うほどじゃないけど面白いよ。うん……買うほどじゃないけど」
「そろそろ帰るわよ。なーんか、気が抜けちゃった」
りとのこういう暇つぶしは、たいていやるべき仕事を終えた後なのは分かっていたので、まりも売り場の陳列作業を切り上げることにした。新年は残りの福袋を積み上げてポップを出せば、すぐに店を開けられるだろう。
「ことこは学会に行ってるんだっけ? 大晦日によくやるよね」
「違うわよ。コミケでお友達のお手伝いでしょ? なんか『ことことサイエンス』経由で寄稿の依頼が来たって」
ことこが運営する「ことことサイエンス」は、お菓子作りの過程を化学的視点から語る料理ブログとして誕生したサイトである。化学的な知識の解説パートで人気を集めてからは、料理に限らず日常の化学について紹介する雑学ブログの毛色が強くなって、今のようなスタイルに落ち着いたらしい。
今回は、ゲームのキャラクターになりきって化学について語るコラムの執筆を依頼されていた。この同人誌は、新年のPARKにも若干数並ぶことになっている。
「そっか。じゃあ、今日はことこ来ないんだ。間に合ったら来るって言ってなかったっけ?」
「さっきLINE来てたわよ。疲れちゃったから今日は帰るって」
「んー……あ、ほんとだ。じゃあ、帰ろっか」
「だからそう言ったじゃない。もう22時過ぎちゃうし、早く出ましょうよ」
まりが帰り支度を始める。りとはスクーターで来ているのもあって、ボディバッグを抱えてブルゾンを着ればもう走り出せる。だから先に外に出て、年始のあいさつと営業開始日のお知らせを張り出しに行くことにした。モルが門松で遊ぶデザインはりとが描いたポスターで、干支をモチーフにした近年のシリーズでも一番のお気に入りだった。
貼り終えたポスターを眺めていると、暗くなった店内からすっかり冬装備のまりが出てくる。準備オッケーよ、と小さくピースをした。十字架と冬の街並みをあしらった青いワンピースを、今はアプリコット色のプリンセスコートがそっと覆っている。レースアップで飾られた白いタイツに、足首がファーで覆われた黒い厚底ブーツがよく映えていた。
「で、今日はどこに行くの?」
「新宿辺りならまだ空いてそう。ま、走りながら適当に探すよ。最悪、私の部屋でいいし」
「りとの部屋、狭いし壁が薄いから嫌なのよねぇ」
「まりの声が大きいだけでしょ」
「……もう、うるさいわね」
二人はいつものように戸締まりを済ませると、周りの店の店員さえみんな帰ってしまった後の冷たい廊下の空気を吸って、そっと吐く。りとが先に歩き始めて、ととん、とんとん、とん、ととん……歩調を合わせない二人の足音が金属の踏板によく響いた。
それから二人は黙ったまま階段を下りて、りとのスクーターにまたがった。深まりつつある夜の空はよく晴れて、上を向くと星に手が届きそうだ。まりがりとの背中にぴったりくっついて、星を眺めながら出発を待つ。ブルゾンとコートの生地が擦れて、心地よくさらさらと音を立てた。
「あのね……りと」
「んー、なんか忘れた?」
「違うわよ。誘い方、もっとちゃんとしなさいよ。年越しとか、腰とか……意味分かんないし」
しばらく黙ったりとは何も答えないまま、スクーターのエンジンをかける。まりはその仕草になんだかドキドキしていたが、その気持ちさえ素直に受け入れられずにいる。どんなに鼓動が早くなっても、今はエンジン音がかき消してくれるだろう。PARKの大晦日はこれからが本番だった。