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電波

この学園の地下には、白く光る綺麗な球体が埋まっていて、そこから不思議な電波が出ているらしい。

そういう都市伝説が実しやかに囁かれるのを、先生方は良しとしなかった。当然、風紀の乱れに繋がるからだ。しばしば朝会でそういった噂に加担することのないようにと強く呼びかけられたが、数カ月もするとまた出処のしれない新たな情報が出回り始めた。無意味な情報の自然発生が、この学園ではもう少なくとも四年は続いている。四年というのは、私が附属の中学校に入学してからということだから、実際にはもっと古い歴史があるはずだ。中高生はこういう都市伝説とか、怪文書の類が大好きなのだから。

誰もが何かおかしいとは思っていたけれど、その何かを解き明かす前にみんな卒業していく。そして、後輩や先生方と仲が良かった卒業生も、文化祭にすら訪れなくなるのだ。まるで、もう学園には近づきたくないとでもいうように。

不思議な電波というのは、この都市伝説の根幹を為す古参の情報の一つである。

夜になって空気が澄むと、ラジオで電波を受信できるようになって歌が聞こえてくるとか、噂にはそういうロマンチックな部分もふんだんに含ませてある。歌、という非常に曖昧なものですら——曖昧だからこそ——彼女らが噂話を楽しむには良いスパイスになる。その電波が、誰がどこに向けて、何のために放たれているかは明かさないことによって興味を引こうという算段なのだろう。

実際、この噂を本気にしたせいで、見えない何かに恐ろしさを感じて一人で学園を歩けなくなった生徒が何人かいる。過去には逆に、噂を真に受けて深夜の学校に忍び込んだ末に停学になった者もいたと聞く。とはいえ、中高一貫で長い間この学校に通う私ですら、全く噂の証拠となるようなものを見たことがないのだから、本当にただの噂に過ぎないのだろう。

そう、思いたいのだけど。


「B子さん。毎日そんなオカルトに勤しんで、お疲れになりませんの?」

「オカルトだなんて失礼な。電波を防ぐための処置だよ、御札を貼り付けるなんかよりはよっぽど科学的だと思うけど」

「その電波、っていうのがオカルトだって言ってるんです」

謎の電波が出ているという噂で盛り上がる生徒たちにとって、彼女が転校してきたのは衝撃的な出来事だった。

短髪に鉄のヘルメット姿のB子はあまりにも印象的で、それを目下流行りの都市伝説に結びつけようとする者も当然少なくない。出処の知れない情報を本気にした女生徒たちですら、有名な神社の御札や御守を集める程度の対策で収まっていたところに、B子は初日からピンポイントで電波の対策をしようと言わんばかりの装備で登校してきたのだから当たり前だ。どこで知ったのか、誰が知らせたのか、そこでまた無用な憶測が飛び交った。

「転校してきたばかりで目立ちたいのは分かりますけれど、その無骨なヘルメットでは悪目立ちするというものですわ」

「ヘルメットは重いから気に入らないの? 別に金属なら何でもいいんだよ。ここの電波は大量に浴びない限りは平気だから」

だからキミもやったほうがいい、とカバンからアルミホイルを取り出したB子の手を遮って、A子が彼女を睨みつける。

「結構です。私は都市伝説のような出処の分からない噂に振り回されたりはしませんから」

「出処の分からない、ねぇ。うんうん、まぁそうだよね」

この噂の話になると、B子はいつも曖昧な笑みになる。何か言いたいけれど言えないような、そういう迷いを込めた表情だ。

「そうですわ。ですから、B子さんもみなさんを徒に怖がらせて風紀を乱すのはやめてください」

「私がみんなを怖がらせてるの? それは筋違いじゃないかなぁ」

この学園の地下には、白く光る綺麗な球体が埋まっていて、そこから不思議な電波が出ている。その電波は人の思考をコントロールするために出されていて、それを大量に浴びると多かれ少なかれ脳に影響を受ける。少しずつでも長年浴びていると大きな被害を受けることもあるらしい。思想統制の内容については大体の目星はついているけれど、こればかりは確実なことが分かるまで明かせない。

彼女は大体、こんなことを言った。

「本当にあるんだよ、白く光る綺麗な球体が。だからキミも手遅れになる前にこの学園を離れるか、ちゃんと電波を防ぐかしないと」

「バカなことおっしゃらないで! いい加減にしないと、先生に言いつけますわよ」

まだ見ぬ地下の球体なるものに、えも言われぬ恐怖を覚えていることを、私は認めたくなかった。自分の中の弱い気持ちを吹き飛ばすような私の大きな声に、B子は一瞬驚いたようだったけど、それからまた掴みどころのない半端な笑顔でこう言った。

「ごめん、ごめん。先生は怖いな、やめてくれる?」


突然転校してきたB子を、みんなはなかなか受け入れようとしなかった。怪しいからできるだけ関わらない方がいいだとか、あんな突飛な格好の人と同じ学校だと知られるのは恥ずかしいとか。元々閉じられたお嬢様学校で新参者が入りにくいというのもあるけれど、やはりB子のイレギュラーさがそれに拍車をかけていたのだと思う。

でも、私はどうしてもB子のことが気になって仕方なかった。だからいつも、注意をするふりをしてB子に声を掛け続けていた。

そういうのが恋なのよと、前に茶道部の先輩が言っていた。そういうの、と言われたって、それが今の私に当てはまるかは分からない。しかし、心に何かぽかぽかとしたものが流れ込んでくるようなこの気持ちには嘘を吐けなかった。これが恋だというのなら、多分そうなのだろう。

この学園では、いわゆる女の子同士の恋愛というものがそこかしこで流行っている。

先生方には怒られるかもしれないけど、この学園の文化と言ってもいい。どうしてか、この学園に長く通っている女生徒たちほど熱烈に愛し合っていた。やはり、女子ばかりの環境に長く置かれているからなのだろうか。放課後の教室や、文化部棟の部室の隅、運動部棟の更衣室……気付くといろいろな場所で、うっかり立ち聞きしてしまった方が恥ずかしくなるような熱い愛を囁いている。

しかしそんな彼女らも、夏や冬の長期休みが明けるとその多くがカップルを解消していた。彼女らが本気ではなかったのか、それともお互いにもっと魅力的なパートナーを見つけたのかは分からない。ただ、夏になって燃え上がるはずの情熱が、冬になって暖め合うはずの恋慕が、一週間もするとすっかり冷えてしまうのだと口を揃えて語るのだ。一種の風土病のようなものなのかもしれない。

思春期に、女の子が女の子に興味を持つのは、はしかみたいなものらしい。それに倣うと、この学園の女生徒たちは一斉にはしかにかかって、免疫を獲得して卒業していくのだ。知ったようなことを言っていた茶道部の先輩だって、現役の頃は可愛い部員を取っ替え引っ替え抱いては耳元で好きだと囁いていたらしいから、きっと恋とは何かと訊かれても答えられないだろう。

一方で、受験生になると彼女らの恋愛関係が長く続くという話もある。休暇を返上してほぼ毎日登校し、長い戦いと共にする仲間の絆のおかげといったところか。まぁ、受験勉強を忘れて情事に励んでいるのはあまり感心しないけれど。

私なら、生涯B子の隣で彼女を愛し続けられる。学校に行く度に、そんな根拠のない自信が湧いてくるような気がした。


放課後の教室で、A子がB子に愛を告げる。彼女は寂しそうな表情のまま、およそ共に愛を育もうという告白を受けているようには見えない。A子はそれを見て、スカートの裾を軽く握った。夕陽の射す教室はもう冷え込んでいて、立ったまま彼女を待っていたA子の脚はすっかり冷え切ってしまっている。

B子さん、と小さく呼びかけると、彼女は取り繕うようにしてあの笑顔をA子に向ける。私はその笑顔、嫌いなのに。

「ラジオ、聞いたんでしょ?」

「え、えぇ。ちょうど、祖父の部屋にあったので、持ち出してきたんです。でも——」

「昼だから何も聞こえなかった。そうだよね?」


B子はA子を抱き締めたまま、耳元で囁く。耳にかかる吐息に、時折A子は身体を震わせながらその言葉を聞き取った。

「A子。私のことが好きだって言うのなら、私のために死ねる?」

「当たり前です。B子さんのためなら、何だってできますわ」

じゃあ、A子。私はポケットから固いものを取り出して、A子にそれを押し付けた。

「私が好きなら、これで腕を切ってみせてよ。できるよね?」

彼女は恐る恐るそのナイフを受け取る。しげしげとその凶器をくるくる見回してから、腕でいいんですのね、と言った。

「その鉄帽子も冷たいですけれど、このナイフはもっと冷たく見えますわね」

私がA子を抱く腕を緩めると、彼女は私から離れて受け取ったナイフを机に置く。そしてリボンを外し、上着を脱いだ。するりとブラウスから腕を抜くと、美しい肌とピンクの下着が私の目の前に晒された。精緻なレースの一つ一つがA子を包み込んで離さない。

「制服が汚れると母に叱られるんです。では、やってみせますから。見ていてくださいな」

「うん、ちゃんと見てるよ」

私が軽く頷いてから、A子は軽く呼吸を整える。それは一瞬のことだった。

ナイフの鋭い切っ先が彼女の左前腕に当てられたかと思うと、それが一気に白い肌をなぞる。細い腕を横切るように鮮やかな線分が引かれ、そこから真っ赤な肉がちらと見え隠れする。少し遅れて、そのすぱっと切れた傷から伝わる痛覚が、彼女らしくもない濁った悲鳴を引き起こした。

私はA子の処女をA子自身に奪わせたのだ、と思った。

彼女の綺麗な腕に、ふつふつと暗い赤の珠が線を浮かび上がらせる。徐々にA子の息が荒くなり、指が真っ白になるくらいにナイフを握り込んだ。じわり、と傷に浮かぶ血が大きくなり、とうとうそれが床に落ちる。私はどうしてか、ひと呼吸ごとに冷静になっていくような嫌な気分になった。私の情熱とか、興奮とかが全部彼女に持って行かれて、その余分な気持ちの高ぶりが彼女自身に与える痛みを増しているような気さえした。

「A子、切ったところは痛い?」

彼女は涙を堪えながら、小さく大丈夫だと答える。まるで涙を流さずその痛みを受け入れることが愛の証拠になると言わんばかりにしている、その様子がむしろ痛々しさを強くしていた。リノリュームの床にぽつぽつと桜の花が咲いて、A子の周りを彩っていく。

「つ、次は、何をすればいいんですの? また、どこか、切ってみせましょうか?」

がっと開いた瞳孔は、彼女が自分自身に与えた痛みのせいか、それとも。


「ねぇ、A子」

B子は溜息を吐いた。

「腕を切れと言われて切るなんて、異常だよ」

「B子さんがやれと言ったのですわ。だから、私……

B子は我ながら、身勝手なことを言ったなと思った。やれと言ったからやった。切れと言ったから切ったのだ。不思議そうな表情のA子も、まさかこんなことを言われるとは思ってもいなかったろう。

でもそれじゃあ、ただの傀儡だ。

私がお願いして、彼女がそれに応えた。何もおかしなことはない。ただそれが絶対的な服従となると、愛と呼ぶには些か重すぎる。

ふざけてやっただけ。冗談のつもりだった。まさか本当にやるだなんて思わなかった。そんなことを言うつもりはない。A子は絶対に私の命令を聞くのだろうなという、ある種の諦観である。本当なら、誰もこんな無茶をしないことになっているのだ。私みたいなイレギュラーが「実験」しない限りでは。

「A子の恋愛観は、支配と服従でできているのかい? A子は私の奴隷になりたいの?」

「そんなことありませんわ。私はB子さんを尊敬していますもの」

A子も私に視線を返していたようだったけど、真っ黒な瞳から放たれたそれは、もはや彼女の意思を反映したものには見えない。狂気を湛える小さな深淵には、もはや尊敬の念などという人間らしいものは残っていないように見えた。

「ごめん、A子。やっぱり私はね、あんな洗脳装置に騙されたキミを好きになることはできないよ」

「洗脳装置? 洗脳ってなんですの、B子さん?」

「分かってたんだ。キミはもう手遅れだって。でも、まさか、私にだなんて……

「B子、さん……?」

首だけを傾げてB子を見つめるA子を見て、彼女は堪えていたものが溢れ出しそうになってその場に崩れ落ちる。

「あの頃みたいに、Bちゃんって呼んでよ。Aちゃんをやっと見つけたのに、こんなになってたなんて、やっぱり私、嫌だよ……

くしゃりと無理に口元を歪ますけれど、いつもの曖昧な笑顔では誤魔化しきれず、B子の目の端から涙が一滴こぼれ出た。泣かないと決めていたのに。それと一緒に、我慢していたものが全部崩れていくような気がした。

「そのナイフ、返して。私がもっと切ってあげるから」

「えぇ! お願いします!」

A子は満面の笑みで、それに応えたのだろう。下からでは夕陽の逆光でよく見えなかったけれど。


しばらくして、A子は動かなくなった。

「綺麗だよ、Aちゃん。目を閉じてると、本当にお人形さんみたい」

そう言いながら倒れたB子の手から、からんとナイフが落ちた。そこに愛があったかは、もう誰にも分からない。


学園に寮が併設されることになったのは、その痛ましい事件があった直後のことである。それからというもの、白く光る綺麗な球体の噂もぱたりと止んでしまった。


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