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icon of Amane Katagiri 脳の「妹」と「ハト」を識別する部分を壊されてしまいました

なんだ、妹がハトに見えるって? まぁ、帽子に見えないだけよかったじゃないか。

そう嘲笑するのに合わせて明滅するアイコンを恨めしそうに睨み付けると、中宮は画面を何度か乱暴にタップして通話を終わらせた。ネットで知り合った昔からの友人だ。クラブイベントに行く約束で一度だけ顔を合わせたことがある。大学の空気に慣れて失礼な距離感を身に付けたオタクの姿。まぁ、向こうもそう思っていたに違いない。

天井を仰いでスマホを机に置く。おれがそんなつまらん嘘をつくとでも? 今はくだらない幻覚を見ているだけだ。どちらにしても頭がおかしくなったのは確かなのだから、せめて今すぐ病院に行けと言うべきだろう、七年来の友人よ! ベッドの上に向かってそう怒り混じりに吐き捨てると、ハトが「クルッポー」と鳴いた。

頭がおかしくなったという自認の割に、中宮はまだ論理的にモノを考えようとしていた。ベッドの上には落ち着き払ったハトが座っている。その代わりに、狭い1Kのアパートのベランダでは何人か妹が歩き回って「お兄ちゃん大好き!」「でもパンツ見てくるから最低」「わかる~!」とあれこれ騒いでいる。つまり、妹とハトが入れ替わって見えるのだ、と中宮は結論づけた。

しかし、その結論に至るには補助線が一本足りないのは明らかであった。さらに中宮はハトに詳しくなかったので、部屋にいるのがカワラバトに似た種であることも知らない。街をよく飛び回っている青灰色のありふれたハトである。数が多い低懸念種の割に法律で手厚く保護されていて、人間に取り入った特権的な鳥といわれる。

「家出はいいけどさ、お前いつまでここにいるつもりなんだ? 親父に電話してもそんなやつ知るかってキレちまうし」

ウーウー、ゴロッゴロッ。

「ダメってわけじゃないけどさ。あんなに怒られるって、マジで何したんだよ」

クルクルクルッ、ポッポー。

「分かった分かった。飯も掃除もお前がやってくれて助かってるよ。好きにしてくれ……はぁ」

ベッドにいるハト――ハトの姿の妹だからハト妹と呼ぶことにしよう――は、一人暮らしの中宮の元に突然やってきて、彼の世話を焼き始めた。中宮は人の気配の薄いベランダが鳩の溜まり場になっていることも、ここ数年は一人暮らしで生きてきたことも覚えているつもりだったが、いつからこうしてハト妹が居座るようになったか……そして、ベランダに妹バトが来るようになったかは不思議と記憶にない。

ハト妹は料理ができる。バタバタと羽ばたいてどうにかコンロに火をつけ、鍋を沸かし、おたまを回す。そんな羽ばたきでは蛇口すら回せないはずなのに、いつの間にか美味しい料理ができあがっていた。ハト妹は「肉」と「じゃがいも」を指差して、それぞれ異なる声で小さく鳴いた。中宮が「肉」を指差すと、ハト妹は高く鳴いた。肯定の合図であった。

ハト妹は掃除もできる。掃除機を連れて丁寧にそこらを歩いたり、雑巾を抱えて棚の上を走り回ったり。器用に掃除用具を扱う姿に感心していると、いつの間にか部屋の隅から隅まで綺麗になっていた。ハト妹は疲れて眠そうな動きでベッドに倒れ込むと、また違う声で鳴いた。「じゃがいも」と「うとうと」で「妹」と言った。やはり彼女は妹である。

ハト妹は洗濯までやる。中宮と自分の服をまとめて洗濯機に突っ込んで、慣れた手つきでぽちぽちとボタンを押す。妹がハトに見える中宮にも、ハト妹の脱いだ服は認識できた。ピンク色のパンツに見とれていると、ハト妹がいつになく大騒ぎして中宮の頭を叩く。その低い声は「だめ」あるいは「見るな」かもしれない。否定の合図であった。

それから、ハト妹が掃き出し窓を開けてベランダの妹バトを追い払う。鳩が翼を振り上げるのに合わせて妹が飛び上がって逃げる姿は、幻覚としか表現しようがない。もちろん、中宮の前で洗濯物を抱えているのは人間で、ベランダから逃げていったのは礼儀知らずのハトである。その大きな声は「こら」とか「あっちいけ」とか、あまり意味のある言葉ではない。

中宮がベランダから逃げていった妹バトのことを考える。背が低くて幼い顔立ちで楽しそうに笑う彼女らを見て、中宮は懐かしい気持ちになった。妹バトの視線を感じて、おれも混ぜてくれよ、と窓を開けると彼女たちは慌てて逃げていく。だから砂埃と排気ガスで汚れた窓越しに見つめるしかない。中宮は朝から夕方までベランダに張り付いて、妹バトたちの会話を聞いていた。

「今日もお兄ちゃんかっこよかったね!」「そう? 妹の前だからって強がってただけじゃん」

「ふーん。じゃあ、とーは今日の添い寝じゃんけん参加しないでね」「そんなこと言ってないでしょ!」

「ずるいよー。あたしも添い寝するー」「あんたは昨日したでしょ。順番で言ったら今日は私だって」

「とーがじゃんけんって言ったんでしょ」「だめー。きょうもあたしー」「ぴーは一回黙ってて!」

中宮は新しくできた妹たちを愛していた。直接触れられなくてもいい。楽しそうに自分のことを話しているだけで、お兄ちゃんが大好きなだけでいい。可愛くてちょっと生意気で、たまに喧嘩だってするけどすぐに仲直りして、意外にも大胆でちょっとドキッとする……その甘酸っぱい空気を窓越しに味わうのが、中宮の唯一の楽しみになった。

空が暗くなって、ハト妹が中宮の背中をつつく。振り返ると、小さなテーブルに美味しそうな夕飯が並んでいた。カレーだ。中宮は昔から甘口のカレーしか食べられない。家にカレールーなんて置いてなかったから、ハト妹が買ってきたのだろう。おれに食べられるだろうか。まさか、わざわざ甘口なんて買ってくるわけないし……と一口食べると、しっかりと甘口だった。

そうだ。昔、妹にもこんなご飯を作ってもらったっけ……いや……そんなこと、あったっけ?

「お前はさ、おれのこと好きなのか? あいつらはさ、すげーおれのこと大好きで、今日も誰が添い寝するかで喧嘩してんの」

クッ、クッ、ウー、ゴロッポ。

「分かってるよ。あれは鳩だ。でも、お前だっておれからしたら鳩なんだ。みんな鳩だ」

ポポッ、ポッポー。

「美味いよ。カレーは美味い。おれの好みの味だ。でもさ、お前はちゃんと鳩なんだ……

中宮が涙を流してそう訴えるのを見て、ハト妹は何も言えなかった。泣きながらカレーを食べる中宮に届けられる言葉はない。ハト妹はじっと固まったまま、ゆっくりとスプーンを握りしめて小さく震えていた。

夜になると妹バトたちはどこかへ飛び去ってしまう。巣が別にあるのだ。中宮にとっては、眠気が訪れるまで待つだけの退屈な時間である。暇つぶしに配信サイトの妹アニメ特集でいろいろと眺めてみたけれど、常に鳩の存在が脳を圧迫して集中できない。アニメに没入して妹を魅力的に感じると、クルッポーと呟くだけの鳩頭のキャラクターになった。認識が壊されているのだから当たり前だ。

そうして負荷をかけて脳が疲れるうちに眠くなる。中宮がベッドに倒れ込むと、ハト妹もぱたぱたと羽ばたいて枕に滑り込んだ。暗いベランダを見つめるうちに意識が遠のいて、中宮は自分の中の妹の輪郭が薄れていくのを感じていた。

……ゆーくん。もう、いいじゃん」

「ル……ルミ?」

「あたし、そんなに妹みたいかなぁ? 『妹みたいな存在』って、ただの照れ隠しじゃなかったの? あたしってほんとに妹なの? 彼女になれない? ねぇ、ゆーくん……

ハト妹――ルミが中宮の手を握って、自分の股にくちょりとあてがった。中宮は寝ぼけたままその声を思い出す。昔近所に住んでいた少女。自分によく懐いていた年下の女の子。上京する前に言った「こいつは妹みたいな存在だから付き合うとかないって」という言葉を思い出す。

そうだ、おれには妹なんていなかった。

中宮がルミの顔を見る。数分前まで器用に家事をこなすただの鳩にしか見えなかったその姿は、彼に縋って震える一人の少女そのものだ。妹としてのルミのイメージが薄れて、中宮はある日の会話を思い出す。「ゆーくんってさ、彼女いないよね」「お前だっていないじゃん」「じゃあさ」「うん」「……や、なんでもないや」――あの日のルミは、今日と同じ顔をしていた。

でも、それならどうしておれの前に妹が……と、中宮はベランダではしゃぐ妹たちのことを思い出す。汚れた窓を通して見つめる彼女たちは、ずーっと昔のルミに似ていた。おれは妹を愛していた。

「でもさ、今は……妹たちの話を聞いてるのが好きだから、彼女とか……分かんないな」

「あはは……じゃあ、もう一回だねー」

ルミはごそごそと起き上がると、ピンク色の大きなライフルを構えた。暗がりで銃口が震えて音もなく強い光を放つ。

中宮の額にとても、とても細くてずっと長い針が刺さって、そのまま脳を抜けていく。やはり痛みは感じない。しかしルミの顔がぐにゃりと歪んで、狭い部屋と自分が薄く畳まれて空間がねじ曲がっていく。最後に見えたのはルミの張り付いたような笑顔で、中宮はそのまま目の前が暗くなった。

そうして中宮は、今度は脳の「宇宙」と「ハト」を識別する部分を壊されてしまった。彼はアパスマーラのように小さなハト宇宙を踏み付けて、駆け回る宇宙バトの前でナタラージャのように踊り続けているという。もうベランダで妹を見つめることもないだろう。本当に宇宙が終わるその日まで。

宇宙がハトに見えるって? あっはっは、そんな神話は知らないな!

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