東洋のスマラカタ

刑部岬の展望台に到着したのは、十一時より少し前のことでした。車を降りると春みたいな夏みたいな曖昧な太陽と、冬みたいな春みたいな冷たい風が我々を出迎えます。大きなジープでくねくねの急勾配を進んだ先に広がるこの数キロメートルの断崖絶壁は、かつて「東洋のドーバー」と呼ばれていたようですが、全てが崩れ落ちた今となっては、たくさんの白い鉱船が停泊している港と、それらを囲む大きな灰色の防波堤しか見えません。

防波堤は太平洋に向かってまっすぐ突き出していて、まるで太平洋をかき混ぜる大きなスターラーのようです。コンクリートの突堤の周りに置かれた真っ黒なテトラポッドに、きらきらと光るエメラルドの結晶が吸い込まれては砕かれていきます。

春の海はエメラルドのしぶきを上げて、よく輝いていました。大きな結晶はガラスを潰したようなくしゃりという高い音で砕けて、小さな結晶はぷちぷちと弾けながら海の底へと沈んでいきます。沈んだエメラルドの砂が集まって海の底で大きな原石が生まれるというのは、もちろん私も教科書で読んだことがあります。


ここ飯岡は、世界的なエメラルドの名産地です。エメラルドの一大名産地にして、ほぼ唯一の海洋鉱山。石の鳴き声が聞こえる海。東洋のスマラカタ。高宮さんと私は、この緑の鉱石を長期間にわたって浴び続けたせいで数十年前に閉鎖されたこの刑部岬周辺の環境について、特別な調査を依頼されています。

この辺りは千葉の端だからネオコロナも来ないだろう、と高宮さんが言います。そして、その自信を示すように防護マスクを外したので、私もそれに倣ってシー・ブロックだけを外しました。

高宮さんは、暇な老人がエメラルド粒を集めてはグレース・ペーパーと交換しているらしいんだ、とも言っていました。換金できないような屑砂を物々交換する業者がいるらしいです。砂粒を無理やり固めて作る人工エメラルドは極めて人気がないのに、です。

「仕方ないよ。たいてい、こういう海洋型の鉱脈だと大きなエメラルドはなかなか見つからないんだ。それに、原理上どうしてもインクルージョンが多くなる」

「メイ・サイクルですか?」

「そう。だから、本来海洋産のエメラルドは陸地を浸食するだけの厄介な存在なんだ。でも、ここは違う」

コスクエス・イイオカ仮説ですね、とさらに相槌を打とうと思いましたが、これはさっき車で話したばかりなのでやめました。

高宮さんは私をちらと見てから、そのまま話を続けます。

「このサイクルは特異的だよ。このエメラルドがどこから来ていて、どうしてインクルージョンが少ないのか。あるいは、エメラルド粒ごとすっかり採掘してしまったら海はどうなるのか。まだ何も分かってないんだ」

だから我々が調べるんだけどね、と笑う高宮さんの瞳にエメラルドが映り込みます。吸い込まれそうなほどの深い緑で満たされながら、ふと、ヒスイ海岸で見た色の方が好きだなと思いました。

「同じインクルージョンの粒が集まって縞模様になるんだ。砂浜を見てごらん」

高宮さんは据え付けの望遠鏡に手を置いて、覗くように言いました。私は踏み台に立ってハンドルを握り込みますが、望遠鏡は防波堤に向けられたまま、ギアがすっかり錆びついていてほとんど動きません。

窓を覗き込むと、レンズはところどころ薄い緑色に着色しているものの、幸い透明なまま浜辺の景色を映し続けています。

防波堤の曲がり角に滞留してできた砂浜はおおよそ明るい緑色で覆われていますが、波に平行な向きで暗い緑や青、あるいは逆に明るい白の縞模様が走っていました。その上に、時折結晶が爆ぜたような白い放射状の跡が残って、まるで打ち上げ花火を描いた砂絵のようです。

「そうだね。ヒスイより軽いからより大きな結晶がたくさん砂浜に打ち上げられる。でも、遺骸はもとより、生体でさえどうも割れやすくっていけないんだ」


展望台を降りると、南側に古いチェックイン装置が立っていました。大きなガラスパネルに地図が彫り込まれていて、その横に立てられた金属柱にチップを近づけると、チェックイン情報がシェアされるようになっています。

ただし、ここの装置は地図パネルを挟んで二つのチェックイン・センサーが並んでいて、二人で同時にチェックインする必要があるようです。きっと、ここが観光地だった頃に作られたカップル向けのギミックなのでしょう。

「私はいいよ。そんな古いチップ持ってないし」

ちょっと残念。装置の真ん中に立ち、一・五メートルほど離れた二つのセンサーに同時にチップを乗せると、通信エラーを示す赤いランプの点滅に少し遅れてオルゴールが流れ始めます。時折調子を外したメロディが、風に乗って海に、砂浜に、染み込んでいく気がしました。

振り向くと、高宮さんが少し寂しそうな表情でぼんやりと立っています。私を見ていたのか、ずっと遠くの景色を見ていたのかは、もう分かりません。

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