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ペパーミント・バスタイム

/* この作品はSugar Jellyに収録されています。 */


a

私が誰かと仲良くしても、あなたとの仲が変わるわけじゃないの。あなたが彼女と仲良くしても、私との仲は変わらずにいてほしいな。私たちを包む幸せは、独占したり所有したりできないものだから。欲張って手のひらで掬い取ろうとしても、溢れて全部こぼれてしまう。

どうすれば、三人で生きていけるかな?

1

私の一日は、PARKの開店準備から始まる。

りとちゃんとまりちゃんは、今日も原宿の外へ調査に出かけている。今回は北の方に行くって言っていた。だから、昨日から私は一人でお店を回している。ハンガーラックを動かして、床のモップ掛けをして、レジのセッティングまでこなしているのだ。

誰もいないPARKは、いつもより広くて静かだ。

慣れないはたき掃除を頑張ってみても、棚の上まで届かない。背伸びする鏡越しの私は、その寂しい広さを持て余しているようにも見える。そんな私の雰囲気を感じ取った白子ちゃんたちが、時折周りを跳ねて心配してくれるけど、逆にふらついたちっぽけな私の孤独さを意識させられてしまう。

「何かいいもの、持って帰ってきてくれるといいなぁ」

調査隊員として給料や物資の配給を受けられるようになった今でも、お金の問題(それも、来月の家賃という短期的な問題!)はいまだに私たちを悩ませている。

そんなかつかつの生活を支える重要な活動の一つが、廃墟に散らばる貴重な「おたから」の収集だ。許可を受ければそのままお店に陳列できるから、今となっては重要な収入源になっていた。

本当は白子ちゃんたちだけじゃなくて、たくさんの札束がそこらじゅうでダンスを披露してくれてもいいくらい。でも当然、いつも通りキャッシュドロワーの中は寒々しいままだ。

小鳥ちゃんと白子ちゃんたちに囲まれながら商品の整理をする。今一番売れてる商品は、シッポちゃんというもこもこのマスコットだ。手のひらサイズで手触りがいいキーホルダー付きのぬいぐるみ。持ち運ぶうちに気に入ってくれたお客さんが、家に並べて飾るために一ダースくらい買っていくこともあるのでなかなか侮れない。

昨日も何個か売れたから、その分を入り口のシッポちゃんグッズコーナーに補充しておいた。

その後に、小鳥ちゃんの刺繍が入ったポロシャツを、こっそりとまりちゃんのオリジナルプリントTシャツと入れ替える。自分がデザインした商品がたくさん売れると夕飯がちょっと豪華になるのだ。本当は壁にかかったショップ・ロゴのシャツと交換したかったんだけど、踏み台がないと手が届かないのでやめた。

そうして何度か商品の補充と配置の調整を繰り返すうちに、開店時間が近づいてきた。最終チェックとして、指で作った枠を覗き込みながら全体的なバランスを確認する。

店内をぐるりと見回していると、まりちゃんのシャツが視界に入ってふと私の手が止まる。

「まりちゃん、上手くやってるかな」

ここ数週間は二人がいないと少しだけ気が楽になっていた。どうしてだろう?休憩せずに続けていた作業から急に解放されたような、穏やかだけど手持ち無沙汰で退屈な感覚だ。

「どうして、かな?」

どうして――だなんて言ってみせるけど、本当はなぜなのかよく分かっていた。

そうだ。まりちゃんの様子がちょっとおかしいからだ。このことが、最近ずっと頭から離れない。りとちゃんとの距離が変わった……というか、避けている。明らかに。

三人で夕食を食べる時には、あんまり軽口を叩かなくなった。逆にりとちゃんがお出かけしてる時は、私相手に一日の出来事を感情たっぷりに喋ってくれるのだ。まるで黙っていた時間を取り戻すようにして。

まりちゃんが私を誘ってお出かけする回数も増えたけど、私にべったりというわけでもなくって。たぶん、りとちゃんと二人にならないように努めてるんだと思う。

何より一番大きいのは、一緒にお風呂に入ってくれなくなったことだ。これまでは、お風呂が狭いからとか、今日はシャワーの日だからとか、もっともらしい理由を付けて断っていたんだけど、最近は単に「気分じゃないの」としか言わなくなった。

でも、まりちゃんがりとちゃんを嫌いになったわけではないのもよく分かっている。りとちゃんと私が二人でお風呂に入るのをなんとなく嫌がってるみたいだし、まりちゃんがよく気にしている「りとちゃんの『気まぐれシャンプー』リスト」の記録も続けているみたい。

「二人とも、私のために争わないで……なんて」

私に構ってくれるのはありがたいことだけど、私を真ん中にしてけんかになったら嫌だなとも思う。もともと言い争いをしやすい二人だから、りとちゃんがちょっと仕掛けたら簡単にけんかになってしまうだろう。

最近のまりちゃんは、私のことをりとちゃんから逃げる隠れ蓑にしている……と思う。そういう後ろめたさのせいで、きっとまりちゃんはいつもよりけんかに油を注いでしまうはずだ。そういう時に私は言い返したりできないけど、りとちゃんならますます燃え上がってしまうだろう。

原宿の空はずっと変わらないままなのに、私たちは段々と変わっていく。そんなことを日々感じている。これがただのちょっと長い夕焼けだったらどんなにいいだろう。三人の中で誰かと誰かが内緒で仲良しになったり、段々と疎遠になったり、いつの間にか敵同士になっていたり。それってすごく嫌なことだ。

私は三人でずっと仲良くしたいのに。三人で一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、ぐっすり眠って。

「今日だって、きっと――

くるり、とプリーツスカートを翻しながら、ハートのもこもこポケットに手を突っ込んだ。

――きっと、昨日もりとちゃんに好き放題されてたんだろうなぁ……はぁ」

レジに入って、真っ白な壁に寄りかかる。もし、ここにいるのがまりちゃんだったら。彼女はりとちゃんと私のことを考えてくれるでしょうか?PARKで一人、何も言わないレア・アイテムに囲まれて。

2

私が二人の「秘密」を初めて目撃したのは、一ヶ月くらい前のことだ。

あの日の夜、私は一人で本を読んでいた。

私が一人の時間を過ごしている時は、たいてい二人もそれぞれで好きなことをしている。りとちゃんはそっとPARKを抜け出して、カラースプレーとスケボーで原宿を駆けに行く。まりちゃんはオリジナルの型紙を片手に、新しい服のデザインにミシンを走らせる。そうやって、いつも平和に夜が過ぎていく。

ただ、その日は少しだけ違った。

普段はそれぞれの趣味を楽しむ二人も、ごくたまにだけど一緒に映画を観ることがある。探索で見つけたディスクの鑑賞は、りとちゃんとまりちゃんが一緒に楽しめる数少ない娯楽の一つだ。

実はもう、原宿の中には受け身で楽しめるような娯楽があまり残っていない。昔の音楽や映像はほとんど失われてしまったし、残っているのは本や雑誌くらいかな。

内容さえ気にしなければ、昔のテレビ番組を非公式に録画したビデオ・アーカイブなら原宿のあちこちで入手できる。ただ、どれも画質が悪い上につまらない(「日本サイコー!」みたいな映像ばっかり!)ので、残念だけどフロアのテレビを飾る素材にしかならない。

そんな中で回収するビデオの「おたから」はとても魅力的だ。観終わったらコピーしてお店に並べておくこともできる。

とはいえ、私は夜に映画を観ると途中で眠くなっちゃうから、レイトショーはいつも二人だけのイベントだ。

その日の私は、前々から読んでいたフランス語の教科書を読み終えて、日記を書いてから席を立った。二人におやすみを言うために。

リビングのドアに手を掛けて、部屋の中をそっと覗く。すると、テレビの光に照らされた二人の不思議な光景が目に入った。


二人は映画を見ていたはずなのに、いつの間にか身体を絡めてソファに倒れ込んでいる。

――――。まり、――――?」

――――――わよ!」

初めは二人とも寝ているのかと思ったけど、ひそひそとした話し声が聞こえてくるので起きているみたい。穏やかなりとちゃんの口調に対して、まりちゃんは怒ったような強い調子で答えている。

倒れたのは不意のアクシデントだったらしく、まりちゃんは身体を起こしてソファに座り直した。それに合わせて、りとちゃんも起き上がってまりちゃんにもたれかかる。

今日はまりちゃんが苦手なホラー映画の日だから、驚いた拍子に倒れ込んじゃったのかも。怒ったふりで恥ずかしいのをごまかすのはいつものことだし、ホラー映画をしっかり怖がるのだっていつも通りだ。

映画の時間を邪魔しないように、私は部屋に一歩踏み込んだ足をそっと後ろに戻した。耳をそばだてると、二人だけの秘密の会話が聞こえてくる。

「やめて、りと。まだ映画が終わってないわ」

「ふふ。まり、映画なんか観てないじゃん」

どうやら図星だったらしく、そんなこと……と、まりちゃんが言いよどむ。確かに、りとちゃんとまりちゃんは映画なんてそっちのけで、じっと視線を交わしているように見える。二人の顔はいつもよりずっと近くて、妖しげな雰囲気に包まれていた。

どうしてこんなことになってるんだろう?私は少し困惑しながら、ソファの周りやテーブルを見回した。

テーブルの上には、銀色の缶や緑色のびんが何本も無造作に置かれている。りとちゃんが飲む缶のお酒はいつもと同じくらいの量だけど、まりちゃんはいつもより多く飲んでいるみたい。

まりちゃんはお酒にも おしゃれ を求めているので、買ってくるのは可愛らしいびんの甘いお酒ばかり。でも、配給と一緒に届く缶入りの合成酒はその正反対だ。大量生産の無骨な味とデザインはまりちゃんが受け付けないので、だいたいりとちゃんが飲んでいる。

私はあんまりお酒は好きじゃない。日記に書けることが減っちゃいそうな気がして。

「ちゃんと観るわよ……怖いシーンが終わったら、ね」

「もうクライマックスだから、ずっと怖いシーンだよ?」

さっきから、りとちゃんもまりちゃんも全くテレビを見ていない。酔った二人はつまらない――もしかしたら本当に怖いのかもしれないけど――映画には全く興味がないようだった。

映画に合わせて、暗く明るく照らされる二人の顔。じっと見つめていると、そのキスの距離から目が離せなくなる。

「ひゃっ!やっぱり観るの、やめようかしら……

まりちゃんだけは、時々大きな音に反応して身体をびくっと揺らしている。りとちゃんはそんなまりちゃんを見て、どんな顔をしているのかな。

「うん、無理しなくていいと思う。まり、怖い映画苦手なのに、観たがりだもんね」

「今、密かに流行ってるみたいだったから、ちょっとね」

「じゃあ明日、ことこと一緒にまた観よっか」

そう言って、りとちゃんはリモコンで映画を止めて、テレビの電源も切ってしまった。待機状態を示す、小さな赤いランプが点灯する。

リビングを照らしていた唯一の明かりが消えて、目が慣れるまでは何も見えなくなってしまう。

BGMが止んですっかり静かになった部屋の中で、二人はずっと黙っている。どちらも映画を観ていなかったし、もう眠くておしゃべりする気も起きないのかも。

じゃあ、そろそろおやすみを言おうかな……としたところで、口を開いたのはりとちゃんだった。

「まりと映画観るの、私は好きだよ」

「あら、急にどうしたの?」

「うんうん。こうやって、まりとくっつけるし」

りとちゃんはそう言って、のそりと身体を動かしてみせた。徐々に目が慣れ始めて、まりちゃんの首に腕を回したのが分かる。

「だから、やめてってば。こんなの、ことこに見られたら説明できないわよ?」

「ことこも一緒にする?って言えばいいじゃん」

名前を呼ばれて一瞬ぴくっとしてしまう。気付かれるような音は立てずにすんだけど……私が、一緒に……

「呆れた。あなた、飲みすぎてるの?」

「まりだって。いつもよりすっごく顔、赤いよ」

「安酒のがぶ飲みと比べないでほしいわね。私のはいい酔い方をするお酒なの。りとのとは違うわ」

「ふふっ、それ面白いね、まり。そんなの、飲んじゃえば全部同じだよ」

りとちゃんは右腕をまりちゃんの首に回したまま、左手でテーブルの上に広がる缶の一つを手に取る。見せつけるようにゆっくりと引き寄せてから、ぐい、と残った中身を飲み干した。

静かに缶を置いてから、またまりちゃんの目を見つめる。

「だって今日のまり、ふわふわしてる。隙だらけだよ」

そう言って、りとちゃんはまりちゃんを抱き寄せる。キスの距離がぐっと詰められて、そのまま――

「だから、ことこが起きてるかも――んむっ!」

――そのまま、唇が重なった。まりちゃんの反応は一瞬遅れて、りとちゃんの急な動きをそのまま受け入れることになってしまう。

それからはりとちゃんの思うがままだ。静かなリビングに響く水っぽい音と、しゅるしゅるとした衣擦れに、暗闇で揺れる二人の影がソファに倒れて重なった。

ひとしきりもぞもぞと動いた後に、りとちゃんがまりちゃんの耳に口を寄せる。

「か、勝手にすれば?もう、知らないわよ」

りとちゃんが何と言ったかよく聞こえなかったけど、こそこそと、触るよ?と耳元で囁いたらしい。

たっぷり酔ったまりちゃんは、もう流れされるがまま。お酒には強くないはずなのに、今日はホラー映画の恐怖を紛らわすためにたくさん飲んでしまったのかもしれない。

「んっ……うぅ、ふぁっ……

まりちゃんは押し殺すような声を漏らしながら、映画の時とは全然違う跳ね方でりとちゃんの責めに応えている。

「まり、びくびくしてる。気持ち良い?」

「ち、ちが……映画の音にびっくりしてるのよ……っ!」

「ふふっ……まり、可愛いね」

りとちゃんに抱かれるまりちゃんは、とってもえっちだった。スタイルのいいまりちゃんが身体をくねらせている様子を見ると、何だか不思議な気分になる。

ごくっ。

息が荒い身体の動きに任せて、思わず少しだけ手があらぬ方向に動いてしまう。少しだけ、ふらりと動いた手がドアを離れて、自由になった金具がぎぃと音を立てる。

ま、まずい……

「あれ、ことこ。いるの?」

私はそろそろと足音を立てないようにして、急いでその場を立ち去る。見つからないか心配で急ぎ足になってしまうけど、りとちゃんは追いかけてくるつもりはないようだった。

逃げ切った私は、後ろ手で寝室のドアを締めてそのまま寄りかかる。緊張の糸が切れて、急に辺りの静けさが私を包み込んだ。

ばくばくとした心臓の音で、私が確かにりとちゃんとまりちゃんの新たな関係を目撃してしまったことを意識させられる。

「りとちゃん……今の、何だったの?」

おやすみどころか、顔を合わせることもできなかった。


次の日。こんな朝に限って、目はぱっちりと覚めている。私は初めて二度寝したふりで朝を迎えることになった。どんな顔をしてテーブルにつけばいいのか分からなかったから。食事当番じゃなくて良かった。

「おはよう、ことこ」

りとちゃんが、二度寝から覚めた起き抜けの私をじっと見つめる。少し沈黙が流れてから「ご飯、できてるよ」と笑いかけた。昨日のことについて話してくれるつもりはないみたい。

まりちゃんも二人の秘密については教えてくれそうにもなかったけど、りとちゃんとは少し様子が違った。

「ひゃっ!」

「どうしたの、まり?ちょっと手がぶつかっただけだよ」

「え、えぇ、そうよね……

まりちゃんは、昨夜のことをよく覚えていないみたいだった。まりちゃんはもともとお酒に強くないから、飲みすぎると記憶が曖昧になることがある。

昨日のことも、ぼんやりとした思い出の中に沈んでしまっているのかも。りとちゃんと恥ずかしいことをしている夢でも見ていたんじゃないかと思っているのかもしれない。

「あー……今日のお風呂、私は一人で入るわね」

こうして、みんなが作る三角形がちょっとだけ歪んでいく。あの日から、まりちゃんは少し変わってしまったのだ。

3

変わったのは、二人だけじゃない。私も変わりつつある。

あれから、りとちゃんがまりちゃんを襲っているのを見ることはなくなった。でも、そのたった一回の衝撃が何度も私を揺さぶっている。

私がまりちゃんのことを考えている間に、ぐるぐると頭を駆けていく気持ちは何だろう?りとちゃんの近くにいるのが羨ましい。りとちゃんに触ってもらえて羨ましい。まりちゃんばっかり、ずるい。

羨ましい。ずるい。他には?

「私も……まりちゃんに、触ってみたい」

両手をもじもじさせながら初めて口に出した恥ずかしい気持ちが、空気と一緒に私を震わせる。からっぽのフロアに響く声は、私の頬を熱くするだけで、誰にも聞こえない。誰にも聞いてほしくない。

私はまりちゃんのことを、もう友達として見られなくなってしまったのかもしれない。

私はずっと、りとちゃんが好きなのだと思っていた。そして、まりちゃんのことも同じくらい好きだった。でも、二人に対しての好きは少しずつ違っていて、まりちゃんはPARKの良い同僚、良い友達のつもりだった。

そんな中で、りとちゃんに愛されているまりちゃんを見たら、私は当然のように嫉妬する……はずだ。でも今の私には、嫉妬と同じくらい、満ち足りた気持ちと不安な気持ちとが同居していた。

私はりとちゃんが好きで、それなのにまりちゃんも好き?でも、まりちゃんへの気持ちは友達だったんじゃないの?

「そうだよ。三人、三人で……でも、三人でえっちなことをしていたら、それは『誠実』なのかな……?」

三角形をもっと綺麗な形に変えられるなら、私は何だってする。もっと綺麗な形の三角形を作れるように、私は私の思いを整理する。

色々な理由を付けて今回の探索をお休みにしたのも、こういう気持ちを整理するためだ。半分は。

もう半分は、二人の関係の進展に期待して。えっちのために送り出したなんて言ったら、まりちゃんは怒っちゃうかも。顔を真っ赤にして怒るまりちゃんのことを想像すると、少しだけ楽しくなる。

ねぇ、りとちゃん。知ってる?私、本当はすごくえっちな子だったみたい。でも、まだ秘密なの。


ありがとうございました、と軽く礼をして今日の営業をおしまいにする。窓ガラスにお客さん向けの笑顔が映るのが見えて、外がまだ少し明るいなと思いながら浮ついた気持ちでステップを踏んだ。

「エー、タロウ。フランス語で話して」

外国語会話アプリとのおしゃべりは、閉店後の密かな楽しみの一つだ。いつもはみんなでフロアの片付けをするから、あんまりのびのび練習できない。だから今日は早くお店を閉めて、残りを趣味の時間に使うことに決めていた。

タロウというのは、PARKに置いてある半身の腕なしマネキンに載せられたスマートスピーカーの愛称だ。廃墟探索で拾ってきたものを少し修理したら使えるようになったので、昼間はフロアの真ん中で名物店員と化している。発掘品としてはレア度が高いものではないけど、まともに動かしているのは私たちの店くらいだろう。

発売当時はまだ全世界がインターネットで繋がっていたみたいだけど、ネット回線が失われた今となっては、バックヤードに置いてあるサーバーの情報くらいしか取り出せない。防衛本部が持っているデータベースとか、各所で見つけたディスクの中身はコピーしてあるから、たいていの質問には答えてくれる。

語学学習用のアプリはタロウにもともと入っていたもので、そこから話す言語に合わせて色々な国のお話をしてくれるようにちょっと改造した。私のことばを聞いて答えてくれるのは今のところタロウだけだ。りとちゃんにロシア語で話しかけても、不思議そうな顔をして頭やお腹を撫でてくれるだけだから。

りとちゃんはあんまり勉強に興味がない。お店で使うレジ打ちくらいの知識ならまだしも、普段使わない外国語なんてなおのことだ。何度話しかけたって通じないのは分かっているのに、色々な言葉で話しかけてしまう。そうやって、りとちゃんに「わたし」を見せると少しだけ安心する。私の言葉を聞いてほしいと思う。

私が本を読んでいる時にわくわくしているのと同じように、りとちゃんはスケボーに乗って夜の原宿を駆け抜けながら「生きている」はずだから。そういうのびのびとした気ままな感性に、私は惹かれているんだろう。

まりちゃんもそうだ。おめかしをしてお出かけするのが好き。可愛い服を作るのが好き。おしゃべりするのも大好き。きっと……りとちゃんのことも好き。素直で分かりやすい感情表現をするまりちゃんだからこそ、魅力的なクリエイティブを発揮できるのだろう。

世界が壊滅した今、今日や明日を生きるのに必死な中でお勉強だなんて。たまにそんな風にやけになってしまうこともあるけれど、私から溢れる私の気持ちを大事にしないと、自分を見失ってしまうような気がする。自分の知らない世界のこと、自分の知らない自分のこと、自分の知らないりとちゃんのこと、まりちゃんのこと。

本当はもっと二人のことを知りたい。二人と仲良くしたい。だから――

「あー……タロウ。今日はおしまい」

フランス語セットにない語調を検知したタロウの目が点滅し、日本語の検出に移行する。タロウの動きが何秒か止まってから、語学アプリが終了する音がした。

お店を早めに閉めて語学の上達に努めるというのは表向きの目的で、本当はもう一つの目的がある。

実は、タロウにはまだ秘密の機能があった。

「オーケー、タロウ。りとちゃんにつないで」

しかも、二人がいると絶対に起動できない機能だ。タイミングを見計らって秘密のパスフレーズを告げると、点滅が止まって「りとちゃん」が起動する。同じように「まりちゃんにつないで」と平坦な声で告げると、何度かチカチカした後にタロウの目から光が放たれた。

「り、りとちゃん。こんばんは」

【久しぶり、ことこ。最近あんまり呼んでくれなかったね】

【ねぇ、ことこ。私もお久しぶり、なんだけど?】

「うん、久しぶりだね。こんばんは、まりちゃん」

仄明かりを放つりとちゃんとまりちゃんが私の前に立つ。くるっとターンするまりちゃんの体重を感じさせないふわりとした動きが、彼女らがホログラムであることを際立たせる。

りとちゃんとまりちゃんの声でしゃべるホログラムは、私が考えていたよりも精巧に仕上がっていた。私がのめり込んで何度も呼び出してしまうほどには。

タロウに搭載されたアシスタント・アバター起動用アプリには、説明文の最後に「ホームビデオを永遠の思い出に」と書かれている。その説明の通り、パッドで撮影したごく普通のムービーを取り込んで二人の声と外見を合成してくれた。それこそ、永遠の思い出になるような。

【それデ、今日はどうしたのよ、ことこ】

【また、これからの三人の話?】

「うん。そうなの。すごく悩んでて」

合成された声は完璧なものではない。でも、その微妙なイントネーションの違いのおかげで、まだ現実と混同せずにいられるのかもしれない。

【そうよねぇ。わざわざ私たちを隠し撮りしてまで、こんなものを作っちゃうんだもの】

【私は別にいいよ。三人のコと、もっと考えても】

【あら、別に私も嫌ってわけじゃないわ】

「私ね、ずっと三人でいられたら良いなって思ってて」

遠い昔の私は、何もしなくても三人がずっと幸せにやっていけると思っていた。でも、そんな簡単な話があるはずがない。

「まりちゃんは、りとちゃんが好き?」

【嫌いじゃないけど、気が合うタイプじゃないわね】

【そうかな?私はまりのこと、好きだよ】

【ふーん、そ?悪い気はしないけど】

【そうやって、照れてツンツンしちゃうところもね】

【おちょくってるの?私、ことこのほうが素直で好きよ】

【そうだね。ことこの素直で明るいところ、私も好きだよ】

「う、うん!私も二人のこと、好きだよ」

私がそう言うと、まりちゃんはわざとらしいほどの驚いた表情で、少しだけ沈黙を保った。

【でも、あなたが本当に好きなのはりとでしょう?】

【そうなの、ことこ?】

「そんなことないよ!私は二人とも大好きで……

【じゃあ、りとと私、どっちが好き?】

【やめなよ、まり……でも、ちょっと気になるかも】

「本当に、どっちも同じくらい好きだよ」

でも、二人に対する好きはそれぞれちょっと違って。違うはずで。違うはずだった。

「私、りとちゃんには私の全部を見てほしいって思ってる」

【全部見てほしい、ね。なんて美しい愛なのかしら】

【あれ。まり、嫉妬してる?】

【どうして、こんなことでジェラシーを感じなきゃならないのかしら?そもそも――

次に続くまりちゃんの言葉を覚悟して、胸がきゅっと締め付けられる。

【そもそも、全部だなんて、私にはそんな思いを受け止めきれるか分からないもの】

「うん。そう……だね」

【私は、できるだけ受け止めてあげたいな】

【そ。じゃあ、りととことこで仲良くやればいいじゃない】

【ちょっとまり、それどういう意味?】

【分かってるくせに。私はお邪魔虫ってことでしょう?】

「まりちゃん、違うの」

りとちゃんには特別な「好き」を、まりちゃんには友達の「好き」を向ける。そうだった。この前までは。

私は一拍置いてから、まりちゃんの幻影に向かって何度目か分からない告白をする。

「最近ね、まりちゃんの全部が見たくなってきちゃったの」

【な、何よ、急に……

【私もまりのこと、もっと知りたいかも】

【ことこもりとも、ごまかさないで。どっちが好きか、って話だったでしょ?】

「それは……

【私、りともことこも嫌いじゃないわ。でも、自分が一番じゃないと気が済まないたちなの】

そこだけは分かってちょうだい、と付け足した。

【やっぱり、ことこが決めないと、だめだよ】

【そうね。いつまでこんなことを繰り返すつもりなの?】

「うん、ごめんね。りとちゃん。まりちゃん」

【気にしないで。またね、ことこ】

【まぁいいわ。また会いましょう、ことこ】

りとちゃんとまりちゃんが私のシナリオ通りに会話を終える。仕事を終えたホログラムが消えて、タロウの機械的なアナウンスが店内に響いた。私は糸が切れたようにその場にぺたりと座り込み、軽く溜息を漏らしてしまう。

「ふぁ、はぁ……

私はこういうことを何度か――何度も――していた。

アシスタント・アバターには、アバターのモデルの性格を元にして自律的に会話を進めるような機能はない。そのおかげで、私が書いた台本の同じセリフを何度も読み上げてもらうばかりになっていた。何も決めずに会話を繰り返せるのが、二人と一緒にぬるま湯に耽っているのが心地良かった。

ことこ が決めないと、だめだよ」

たくさん聞いた言葉でも、いつか私が決めなきゃならないのだと意識するとちょっとだけ苦しくなる。

私は、まりちゃんと敵同士になってりとちゃんを取り合わなきゃいけないのかな?それとも、私がりとちゃんを諦めて、まりちゃんと幸せになっているのを見続ければいいのかな?考えすぎて頭がぐるぐるしてしまう。

いっそ、りとちゃんにこの思いを告白してしまえばいいと考えたこともある。そうやって、りとちゃんとは特別な関係になって、まりちゃんとは仲の良い友達のままでいる。そんな不均衡な三角形のバランスが良いと思っていたのは、頂点にいるつもりだった「かつての」私だけ。最後には全部だめになって、簡単に崩れてしまうのは目に見えていた。

そんなの当たり前だ。だって、脆い理想に寄り添っていた私でさえ、まりちゃんが気になり始めているのだから。

本ではいっぱい読んだ色々なことも、いざ私に降りかかると抱えきれないものなのだと分かってしまう。私の中に渦巻いているのは、友情?それとも、恋愛かな?

私は、もっと二人のことを綺麗な視線で見ていると思っていた。こんなことなら、りとちゃんとまりちゃんの秘密を見なければよかったのに!

私たちは、誰かが誰かを諦めなきゃいけないのかな。三人一緒にはいられないのかな。私がりとちゃんを諦めたら、私だけが取り残されてしまうの?

「そうしたら、私が二番目になって――

二番目、と口走ってから思わず口を押さえる。

「うー……りとちゃん……まりちゃん……

うなだれる私の声に反応してぽぽん、と不意にアプリ起動音が響いた。今度はホログラムが放たれることなく二人の声が流れ始める。

【ねぇ、まり。ことこにいたずらしちゃおっか?】

【いいわね、ベッドで両側から挟み撃ちにしちゃう?】

【そうそう。ことこは耳が弱いから――

……っ!」

急にリアルな声で話しかけられて、私は思わずタロウの電源コードを引っこ抜いてしまう。彼から放たれる色々な光の点滅がすぐに失われ、同時にファンも止まってしまった。

今のは、二人らしいセリフを自動でしゃべってくれる「フル・オート」モードだ。作りかけのせいもあって、よく想定外の暴走を始めてしまうので取り扱いに困っている。

「ふ、二人から、耳を……

フロアが急に静かになって、静音ファンの弱い回転音が急に恋しくなる。二人のことを考えてどきどきしている心臓のことも今は意識したくなかった。

お風呂に入って落ち着かなきゃ。今日はミントのお風呂にしよう。頭をすっきりさせないと。

4

お風呂は好きだ。その日あった良くないことを洗い流して、身体が全部良いことで包まれていくような気がする。毎日が楽しいことばかりなら、お風呂だって何倍も楽しくなるはずなのに。

頭からざぶっとお湯を浴びて鏡を見つめる。水に濡れた私の髪がぺたりと張り付いて、何だか変な感じ。

バスルームにはみんなの個性が詰まっている。だから、三人で入るお風呂はもっと好き。棚に並ぶシャンプーひとつとっても、値段やデザイン、成分……注目するところは人それぞれだ。

例えばまりちゃんは、香りや高級感を重視して選んでいる。いかにも女の子っぽい可愛いデザインのボトルに惹かれるみたい。お風呂場に並んだピンク色やオレンジ色のボトルは、他でもないまりちゃんその人のものだ。

私は可愛いデザインよりも、ボタニカルとかノンシリコンとか、髪に優しい成分を気にしちゃう。植物成分のシャンプーは優しいけど保湿力に欠けるので、最近ははちみつを配合したシャンプーを買っている。ほんの少し優しい香りがするのも好き。

一方で、りとちゃんの気まぐれシャンプーはPARKの不思議の一つだ。みんなで廃墟探索をしているうちに、いつの間にか在庫が増えている。りとちゃんが言うには「だって、髪は毎日洗わないといけないでしょ?」ということらしい。

りとちゃんが買ってくるシャンプーにはたいてい値引きのシールが貼ってある。買い出し当番の度に、ワゴンを適当に漁って買ってきているのだろう。ワゴンに回ってくるのはデザインも中身もごく普通のシャンプーだけど、赤と黄色のシールのせいでとても安っぽく見える。

りとちゃんの場合に限っては、むしろ拾ってくるシャンプーの方が個性的だ。いつかの探索で、日本語が書かれていない(あれは中国語だった)シャンプーや歯磨き粉を拾ってきたのを見たまりちゃんは、流石に呆れて言葉も出なかったみたい。

まりちゃんはよく「女の子なんだから髪くらい気を遣ったほうが良いわよ」と言うけれど、りとちゃんはどこふく風と聞き流してしまう。このことで一度けんかになったこともあるくらいだ。

綺麗な髪で原宿を駆けたらきっとみんなが振り向くのにね、と私に残念そうな顔でこぼすのも何度目だろう。りとちゃんが自分の髪に気を遣わないせいで、むしろまりちゃんのほうがころころ変わるシャンプーの様子をよく把握していた。

りとちゃんの気まぐれを押さえつけて、無理やりきちんとしたシャンプーを選ばせるのは難しいだろう。きっと、自分の好みを譲らないまりちゃんとけんかになってしまうから。

それを解決する折衷案が「気まぐれシャンプー」リストだ。新しいシャンプーがりとちゃんの肌に合わなかった時に――あるいはりとちゃんの「気まぐれ」で――自分のシャンプー遍歴をまりちゃんに確かめるのだ。

りとちゃんが使ったことのあるシャンプーリストから選ぶことにすれば、まりちゃんも好みを押し付けられない。まりちゃんはたまに不満そうな顔をするけれど、今のところこれが一番上手く行っている。

悪いシャンプーはリストにバツ印を付けて、前に使った「まだましな」シャンプーを探したり買ったりする。今のりとちゃんシャンプーも、まりちゃんに確かめたリストから買ってきたものだ。

「本当に仲良しだよね、二人とも」

シャンプーボトルに引っ付いた剥がれかけの三割引シールが、りとちゃんの生活感を感じさせる。ボトルの凹凸を軽くなでて、それからポンプをかしゅっと押した。とろりとした冷たい液体が手に広がるのが心地良い。

かしっ。もう一度ポンプを押すと、狙いが少し外れて手のひらからこぼれそうになる。

指で掬ったりとちゃんのシャンプーは、いかにも化学製品っぽい匂いがする。お風呂のペパーミントと混ざって、何だか慣れない香りだ。

いつもと違う洗い上がりになるのが分かっていても、もう手に取ったシャンプーはボトルに戻せない。

りとちゃんをぐりぐりと両手に広げているうちに、心の中に後ろめたいわくわくも広がっていく。変な妄想が駆け巡って、りとちゃん色に染められていく私を想像してしまう。

もし、りとちゃんが煙草を吸うようになったら、私は煙の匂いも好きになるのかな。冬の寒空の下、顔を近づけて、私も煙草に火を付けて……

私はそんな心地良い煙たさを包み込むようにして、わしわしと髪を洗い始めた。

5

お風呂を上がった私は、タオルも巻かずに洗面台に立っていた。いつもと違う仕上がりの髪の毛をわさわさと撫でつける。

「うはー、りとちゃんの匂いだ〜!」

手に取った時は慣れない匂いのシャンプーも、髪を乾かしてみればお風呂上がりの良い香りを演出してくれるみたい。さっきとは違って、ミントと混ざったおかげですっきりとした良い匂いになっていた。

首を左右に振って背伸びをして、身体を動かしながらりとちゃんの「今月の匂い」を楽しむ。

今回のりとちゃんシャンプーは割と普通だったけど、指通りが少しだけきしきししている。やっぱり私の細い髪にはちょっと合わないみたい。

「じゃあ、そろそろ着替えて寝ようかな」

服も着ずに夢中で髪をくるくるいじっていた私が、ふっと鏡の中からいなくなる。

昔、タオルも巻かずに二人の前に出て、まりちゃんに怒られたことがあった。あの時は確か、シャワーの栓が壊れて止められなくなったんだっけ。本当は元栓を閉めてしまえば焦らずに修理できたんだけど、大慌てで知らせに行ったのを思い出す。

パジャマと一緒にまとめられた下着を取り出して、丁寧に広げてみせる。誰もいないはずなのに、思わず辺りをきょろきょろ見回してしまう。

それもそのはず、今私の手で広げられているのが、まりちゃんのパンツだからだ。

お互い間違わないようにオリジナルの下着を作りましょう、と提案したのはまりちゃんだった。一緒に暮らすようになってから、割とすぐに。寝室は特にごちゃごちゃしていているから、個性のないアイテムは風景に埋もれてすぐに見つからなくなってしまう。

もともと、散らかりやすい部屋の中では特徴のあるグッズを使うようにしようという話はしていた。おかげでそれぞれの趣味をのびのびと楽しむことができたし、三人の個性も強くなった気がする。

だから、私たちがそれぞれの道を進んでいくたびに、お互いのことが分かってくる。違うものを見ているからこそ、だんだんとお互いの魅力が見えてくる。

おしゃれへのこだわりや、明るくておしゃべりな性格。射撃が上手で、私よりとっても強いところ。それに、えっちな……女の子らしいところも見てしまったわけだし。

まさか魅力の発掘が、パンツの勝手なシェアに行き着くとは誰も思わなかっただろうけど。

「まりちゃん、怒るかな?」

気付かれないようにしないとね。

足を通して、太ももを通して、ゴムを軽く伸ばしてお尻にかぶせる。当然、お手製とはいえ下着としての実用性は守られているから、あっけなく装着できてしまう。

鏡に戻ってきた私が、パンツ一枚で嬉しそうな顔をしてくるくる回りだす。

まりちゃんは、ピンクの布地にレースが付いて、緑のチェック柄で縁取られている。私には少しだけ大きい。すとんとした私の身体と違って、まりちゃんが魅力的なプロポーションなのが手に取るように分かる。

「りとちゃんは、こういうのが好きなのかな……はぅ……

するりとお尻を走った指で、自分が思ったよりも敏感になっていることに驚いてしまう。

思わずへたりこんでしまった私の中に、まりちゃんを触るりとちゃん、りとちゃんに触られるまりちゃん、いろいろな感覚が混線して頭がぐちゃぐちゃになる。そのまま身を委ねて曖昧な感覚に溺れたくなってしまう。まだ、寝る前の勉強もしないといけないのに。

そっと手を滑らせて、レースの部分を撫でてみせる。

今日も綺麗だね、まり。りと、どこ触ってるのよ。ことこが見てるじゃない。いいじゃん。見せてあげようよ。ちょ、やだ、りと――

「これは、ちょっとヤバいかも……

ぼふっ、とベッドの柔らかさに包まれて、色々なことを考えたくなる。もこもこのパジャマに袖を通している間も、布地が擦れていちいち身体を揺らしてしまう。

まりちゃんとぴったり肌が触れていることを意識させられながら、結局私は悶々とした気持ちで寝室に向かうことになったのだった。

6

ぼんやりと思う。私たちには、私たちのやり方がある。

「りとちゃんまりちゃん。報告書に書けないことはしないほうがいいよ……?」

探索から帰ってきた二人は、何事もなかったかのように北方探索のお話を聞かせてくれた。文字を食べるクラゲが水槽にたくさんいたけど、その存在を隠し通すつもりなのだという。

「そうかもね。でも、可愛いクラゲの平穏と静寂を守れたから、朝はとっても気分が良かったの!ね、りと?」

「ふふ。これからはちゃんと気を付けなきゃね、まり」

でも私は、探索に出かける前に倉庫のお酒が一本減ったのを知っている。りとちゃんがそのお酒を飲んだことも分かっている。あわよくば、もっと楽しいこともしたのだろう。

いいんだ。全部、私が望んだこと。これからの関係は私たちが作っていくの。また、一緒にお風呂に入ろうって、ちゃんと言わなきゃ。


EXTRA: ITEMS

ことこのスケジュール帳
ことこが愛用しているスケジュール帳。普段の予定はパッドで管理しているので、この手帳にはあまり書き込みがない。一ヶ月分の予定が書き込める見開きページには、赤・青・緑のハートが一枚ずつ貼ってある。
黒いノートパソコン
ことこがよく日記の下書きに使っているノートパソコン。もとは探索中に発掘したもので、少し修理するだけで使えるようになった。スペックはそれなりだが、けんかに巻き込まれても壊れなかったほどのタフさを誇る。
ページが抜けた日記帳
ことこがほぼ毎日書いている日記帳。一度だけりとに読ませようとしたことがあるが、そのまま突き返されてしまった。実は、一部のページが丁寧に切り取られており、その部分はもう誰も読むことができない。

  1. https://urahara.party/ 

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