曖昧

前半から続く)

辺りはすっかり暗くなってしまった。影に潜んで動かなかったクラゲの群れもすっかり自由に動き出し、夜の空気が一帯を支配する。そろそろ夜露を凌げるような場所を見つけないと、闇に飲まれて死んでしまいそうだわ。

それにしても、霧が強い。少し歩くと顔がほんのり湿るというか、妙にべとべとする。お肌に悪くて仕方がないわ。服も湿って気持ちが悪いし、本当に海辺をずっと歩いているみたい。ここに住んでた人たちはよほどのマゾ、ってやつなのね。

「まり、向こうに明かりが見えるよ」

「あら、ほんとね。電気が通っているのかしら」

中心部からはだいぶ北に来た。これ以上進んでもより野営に適した場所はないだろうと思いつつ、僅かな期待に二人とも足を止めることはない。そもそもクラゲが奪っていくのは文字くらいだろうから、いざとなったらどこでテントを張ってもいいだろうというほんのりした安心感もあった。

そんな中で訪れた突然の変化に、私は少し面食らう。放棄された街の中で、陽が落ちても街灯が機能しないのは当然のことだ。宿を探している私たちが都合よく電気の通っているエリアに辿り着くなんて、嬉しさと同時に都合の良すぎる流れに対しての不安が入り混じるのを止められない。

そんなことを考えながら坂を降り切ると、目の前には不思議な光景が広がっていた。な、なによこれ……。

「すごいわ! 海の底みたい!」

辺り一面が真っ青な街灯で照らされている。濃い霧も相まって、そこら中の空気が真っ青に染まっているみたい。テーマパークか何かなの?

「建物も密集してるみたいだね」

「これ、昔の寄宿舎でしょう? やっぱり炭鉱でもあったのかしら」

海底に煌々と輝く電灯と並んで、五階建てくらいの建物がいくつか並んでいる。それぞれの建物には白い文字で番号が振られていて、まさに管理社会って感じね! みんなまとめてどこかに引っ越したのかもしれないわ。

「ここらへん、くらげの群れも来ないみたいだよ」

言われてみると、急に足取りが軽くなったというか、地面を注視してクラゲの群れを跨いで歩くことがなくなった気がする。彼らの目(そもそも目はどこにあるのかしら)にはマグライトが珍しいものに映るらしく、さっきまではまるでクラゲのショーをスポットライトで照らしている気分だった。不思議ね。クラゲは暖色が好きなのかしら?

軽くなった足に任せて、私はアスファルトの上でステップを踏んだ。

「あぁ、私、海辺のホテルに泊まるのが夢だったの! この際、もう海底のホテルでも良いわ!」


海の底ホテルから適当な部屋を探して忍び込む。客室は狭いながらも、寝袋を敷いて寝るには十分すぎるくらいには綺麗だった。中には木製のベッドが一つ置いてあって(もちろんマットレスは外してあって使い物にならないけど)、さらに洗面台も付いていて昔は室内まで水道が通っていたらしい。

私たちは寝床の準備をしながら、手帳とかカメラをクラゲに見つからないようにリュックの底へ押し込んだ。おそらくここまでクラゲは来ないと思うけど、クラゲをいっぱい踏んでクラゲワインを作る夢でも見ちゃいそうだわ。

眠る前に、私たちはいくつか確認と推理をした。

とりあえず、この辺りにいるクラゲは文字を餌にしているらしい。あらゆる看板から文字が消えたり薄れているのはそのせいだろう。餌というか、身体に溜め込んで何かに役立てているのかもしれないという話もした。

彼らが食べるのは、言語を問わずより抽象化された文字だけで、矢印とかピクトグラムの類は食べないようだ。あくまで文字の情報に注目しているのかも。

私の案は、スクーパーズが置いていった平和的な侵略兵器。文化的なものを欲しがるっていうのは、スクーパーズとすごく似てるもの。どうしてこの街から出ようとしないのかはよく分からないけど。

りとの案は、突然変異したクラゲの末裔。北の方は放射線が強いという話をことこから聞いたのだという。そうだとしたら、白子たちともちょっと近い生き物ってことになるわね。認めたくないけど。

とりあえず、明日の朝食からお互いの好物を一品を賭けてみることにした。私は合成グレープのシロップ漬けのビン詰を、りとは缶詰の魚肉ソーセージをベッドのフレームの上に置く。

外からの青い光に照らされて、缶詰のパッケージに描かれた笑顔の魚(おそらくマグロ)のおかしらが、私を睨むように輝いた。

「りと、ごめんね。クラゲ潰しちゃって」

「え、どうして?」

私の声に反応して、りとが寝袋の中でがさがさ動く音がする。寝袋の中で微睡みながら、私は寝言のように呟いた。

「気に入ってたみたいだったから。可愛いって言ってたじゃない」

「んー……可愛いものをざくざく切るのって、割と面白くない?」

なんかゲームみたいだし、と続けるりと。この子がレトロゲー狂だったのを、今やっと思い出したわ。彼女の目にはロールプレイング・ゲームのモンスターにでも映っていたのかしら。反省して損したかも。

「まぁ、とりあえず、ことこを連れてこなくてよかったわね」

「そうだね。本を食べられちゃったらショックで倒れちゃいそうだし」

私も、白子たちを食べちゃうクラゲがいたら絶対に家を出たくないもの。そんなことを考えながら、いつの間にか私は眠りについていた。

曖昧

「まり……ねぇ、まり! 地下への入り口、見つけちゃったかも」

揺らされる身体と名前を呼ぶ声に目を擦ると、りとがスケボーを抱えて私を目覚めさせようとしていた。窓の外はまだ深い夜なのに、りとはすっかり探検装備に着替えている。

「あのね、寝不足はお肌に良くないのよ……」

寝ぼけながら彼女を落ち着かせようにも、未知の発見に興奮している私たちは誰にも止められないってお互いによく分かっている。私は快眠を早々に諦めて、最低限の装備を整えてから部屋を出ることにした。

それに、一人で地下なんかに潜って行方不明になったら私だって困っちゃうもの。

「う……寒いわね」

「そう? 走り回れば温まるよ」

「夜中にいきなり起こされた身にもなってちょうだい」

素直に部屋に戻ってもう一枚、薄いコートを羽織ることにした。

「こんな寒い夜によく出かける気になれるわよね、いつも」

「冷たい空気で肌がびりびりすると、生きてるって感じがしない?」

「スケボー乗りの宿命か何かなの?」

寒い冬はコートにマフラーを装備して、肩を縮めて歩くくらいしかやり過ごす方法を知らないわ。生きてるって感じからはほど遠い。羨ましい限りね。

五分くらい歩いたところに、りとのいう「地下への入り口」がぽっかりと口を開けていた。

「入るの? ここを?」

「入るの。ここを」

りとは私の返事を待たずにさっさと地面へ潜っていく。もう、分かったわよ!

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

りとがはしごを下りきってコツコツ歩く音を聞きながら、私も金属のはしごをキュイキュイ言わせながら足早に下りていく。地下は外よりも暖かいようだ。手を突いたコンクリートむき出しの床は少しひんやりしている。

「すごいよ、まり!」

ごうんごうんという機械音と共に、目の前が明るくなった。

コア

「クラゲが水の中で生きてるよ!」

「え、えぇ……そうね」

振り返って嬉しそうな顔をするりと。壮大な眺めに一瞬言葉に詰まってしまう。

私たちを迎えたのは、直径五メートルくらいの大きな円形の水槽だった。上から青い照明で照らされて、辺り一帯をほのかに冷たい光が覆っている。目に刺さるような光を放つ地上の街灯とは違って、身体を包み込むような優しい刺激に少し安心する。

りとの赤いヘルメットにもその水色が差して不思議な色に輝いている。駆け寄るりとを眺めながら、私も歩いて水槽に近づいていく。

初めて見るクラゲは、ふわふわで曖昧だ。陸のクラゲよりも小さくて、傘は大きいやつでも二十センチメートルくらい。光をよく通すその身体は、いつ絶滅してもおかしくないほどに儚げで、ずっと見ていると壊れてしまいそう。泳いでいるクラゲは傘を伸ばしたり縮めたりしながら上へ進んでいくけれど、その動きで身体がばらばらになってはしまわないかと心配になる。

今日は目に刺激が強い一日だわ。帰ったら目薬を差さないとね。

「あら、これは……りと、これを見て」

ふと床に目を下ろすと、青い照明をよく反射する白い紙が散らばっているのに気付いた。

「なんだろう? 日記かな」

この街で初めて見るまともな文字かもしれない。水槽のそばに散乱していた手記のページには、およそこういうことが書かれていた。

スクーパーズから文化を防衛するため、我々は自律的に文化を内包して保護する機構についての研究を開始した。素早く移動させるか、強靭な戦闘力を与えるか、あるいは擬態してスクーパーズに見つからないようにすればよいだろう。

クラゲの遺伝子改良が進み、陸上で生活できる種も徐々に増えていた。ここから文化保護機構となりうる種をいくつか選別していこうと思う。水中で生活するものも、知能を改善して司令塔として使えることが明らかになってきた。

文字を飲み込んだクラゲから文章を再構成するのは非常に難しいということが分かってきた。十数年越しに研究の根幹に関わる大きな問題が発覚するとは、ひどい夢でも見ているのか? その直後、暴走したクラゲが大学を襲う事故が多発して多くの資料が失われた。たちどころに我々の立場は悪化し、すぐに研究は中止となってしまった。

街中にクラゲが解き放たれ、人間が文化的な生活を送るのが難しくなってきた。この手記も運が悪ければもうクラゲの胃の中という可能性もあるだろう。駆除も間に合わない。我々は、取り返しのつかない研究に加担していたらしい。

水槽の生命維持機能を停止すれば、文化保護機構への指令も途絶えるだろう。しかし、コントロールを失ったクラゲが、そのまま自然消滅するのかあるいは暴走して街を破壊し尽くすかはまだ分かっていない。市民はその答えを出すより先に、この街を捨てることになった。tear-downの際は細心の注意を払ってほしい。

文化を壊して守ったことにしようだなんて、昔の人が考えることは本当に分からないわ。かなり苦労していたみたいだけど、結局逆襲されちゃってるみたいだし。

「あんなクラゲ、一体一体ナイフで切っていけばすぐ解決したんじゃない? 平和主義者だったのかしら」

「昔はすごく速くて、もっと強かったのかもね」

あんな大きなクラゲが、赤黒い傘を素早く揺らして体当たりでもしてきたら、気絶しちゃうかも。

「ねぇ。あなたたちが、ここの人たちをみんな追い出しちゃったの?」

水槽の壁に手を置いて軽く撫でると、不規則に泳いでいたクラゲの何匹かが手に寄ってふわふわしだした。意思があるような、ないような。りとも同じように手でクラゲを操りながら、それを穏やかな目で眺めている。

二人とも未知の発見に対する驚きや喜びを味わえずにいた。もちろん、どちらも賭けに外れたせいではない。

「で、どうする? りと。壊しちゃう?」

水槽の横には大きなスイッチが設置されていて、レバーを下げるためには赤いプラスチックのロックを取り除かなけれならない。ロックには「危険・生命維持装置メインスイッチ」と書かれている。クラゲへの給餌や水槽の温度調節のスイッチなのだろう。

「やめとこうよ。今はもう、誰にも迷惑を掛けていないんだし」

「同感ね。同じクラゲとは思えないわ。こんなに弱々しくて儚げに見えるんだもの」

秘密の記された紙束を軽くまとめて、元の場所に戻す。これは報告書に載せないでおこう。


水槽の周りをもう一度よく探索してみたけど、手記以外には危険もなければ珍しそうなアイテムも見当たらなかった。今回は収穫なしかしら。

当分、クレープは控えなきゃ。残念ね。

「じゃあ、軽く報告をまとめてから戻りましょうよ。あ、その前に夜食が良いかしら?」

私がそう呼びかけると、しんぴてきー……といつもより間の抜けた声が下から聞こえてくる。ふと視線を下ろすと、りとが座り込んで銀色のロング缶に口を付けていた。青い照明が反射してギラギラと輝いている。

「ちょっと、りと! 外にいる時はお酒は飲まないでって言ったわよね」

冷たい缶とは対照的な、りとの紅潮した顔が私を見上げる。

「別にいいじゃない。もう安全って分かったんだし」

私が呆れた顔をしていると、楽しげな声で「攻略完了!」とVサインしてみせる。右手には缶を持ったままだ。

そのまま視線を交わして十秒くらい。りとはばつが悪そうな表情で私の脚に寄りかかって小さくにゃあ、と鳴いた。ここに猫はいないわよ。りとったら、疲れているのかしら?

「いきなり敵が襲ってきたらどうするの? 私だけじゃ倒せないわ」

「だからさっきは飲まなかったじゃん」

ふてくされた子供みたいにゆらゆら缶を揺らす様子を見ていると、怒りがふつふつと湧いてきた。なんだって、私はこんな辺鄙な水族館に来てまで酔っぱらいの相手をしなきゃならないのかしら! ほんと、ばかみたい!

「りと、あんたね! いつか言おうと思ってたんだけど、そういう安いお酒をがぶがぶ飲むのはやめたほうがいいと思うわ」

「なんでー? コスパ最強じゃない」

りとのお気に入りは、支給品の中でも一番大量生産されていて、一番労働者に人気があって、一番安い酒なのだ。彼女がこういうのが大好きなのは(支給品が配られるたびに最初に手を付けているから)知っていたし、今更お酒の好みに文句を言うつもりもなかった。

ただ、今日は疲れも相まって本当にイライラしてしまう。急に安心しちゃって、私だって混乱してるの。

「お酒っていうのはね、もっと高くて美味しいのをちびちび飲むからいいんじゃない」

「ぶどうジュースをグラスで飲んだって酔えないもん」

「えーと……すっごく昔の話を、いきなり持ち出さないでくれる? 思い出すのに時間がかかっちゃうから」

なんなのかしら。中学か高校の頃のおしゃまな私の話を蒸し返してくるとは思わなかった! 分かってる。お互いの趣味に文句を付け始めるといつだって泥沼だ。えぇ……そうだわ。素面の私が一番落ち着かなきゃね。

ぐいぐいと軽く膝でりとの頬を押してみる。りとは突かれるたびに小さくうめくような笑い声を上げて、その度に大きな缶がぐらぐらと不安定になる。

「アルコールの作用は気分が大事で……あー、もういい! それ、私にもよこして」

「え、飲むの?」

私がりとの隣に座り込むと、彼女はくすくすと笑いながら首を傾げてそう訊いた。包みを開けた食べかけの魚肉ソーセージをこちらに差し出してくる。

その声からは、疑問や驚きというよりは、悪い仲間ができたぞとでもいう嬉しさのようなものを感じる。

でも、それは違うのよ。お酒っていうのは、アルコールに身体を任せてしまうから酔っちゃうの。酔うつもりがなきゃそんなに酔わないし、酔いたいと思っていれば酔ってしまう。私は正気を保ったまま、りとのアルコール摂取量を減らしてあげるつもりなの。

どう? すごいでしょ。りとを介抱しなきゃならない重圧を背負ったままで、私が酔うわけがないもの。

「だって、放っておいたらぜんぶ、飲む気でしょ?」

「うん。ぜんぶ、飲む気だよ。よく分かったね、まり」

りとがオウム返しでぜんぶ、と私と同じように強調してみせる。受け取った缶を口に付けて、ぐいと一口。うぅ……この飲みやすい感じが、人間を堕落させる気がして受け付けないのよね。

「そうね。キャパオーバーで歩けなくなったあなたの介抱、何回もやってるせいかしら」

「うんうん。まりー、いつもありがとねー……」

そう言ってから、りとは甘えるように私に寄り掛かる。手の甲に当たる彼女の頬が熱くって、本当に猫でも飼ってる気分よ。

「まりって、私のこと大好きだもんね」

「んなっ! 別に、好きなんかじゃないわよ!」

慌てて横を向くと、とろんとしたりとの熱を帯びた視線とぶつかってしまう。顔が近いわ。顔の半分だけ青い光で照らされて、何だか趣味の悪いカラーリングね。半身だけ吸血鬼にでも支配されちゃったみたい。ハロウィン・パーティーはまだ先よ?

「うふふ、冗談だよ」

「もう、冗談ならもっと冗談らしく……」

あ、あら? 何だか光の境界がぼやけてきたような……


頭がふらっとして、気付いたら私もりとの頭にもたれかかっていた。

「あー、だめね。私も、疲れてるんだったわ」

疲れは酔いの原因になるのよ。ぼそぼそと自分に言い聞かせてからではもう遅かった。「まり、重いよー」という声が下から聞こえて慌てて頭を起こしてみるけれど、クラゲのふわふわとか、りとの髪のふわふわとか、気持ちいいものが私の意識を包み込んでいく。

起き上がった頭をゆっくり倒してりととこつ、と頭を合わせると、今度は収まりが良かったらしく機嫌の良い鼻歌が聞こえてくる。私のほうが少し身長が大きいから(ほんの五センチくらいね)、まるでお店の真ん中にあるロボ・スピーカーに寄りかかって音楽を聴いているみたい。

「昔のホテルには、くらげがいたのかな? こんなに穏やかで、落ち着いてて……」

クラゲを見つめるりとの瞼が次第に閉じていくのが見える。彼女の脳裏には、どんなクラゲが映っているだろう。青く光って、水槽をぐるぐる回り続けるだけの存在。そんなの、原宿にはいなかったわ。

この世界の端っこみたいな場所で、クラゲは何を考えているのかしら。ここで私は、何と向き合わなきゃいけないのかしら。原宿の夜を闊歩しても入り込めないような思考に、今なら没入できる気がした。

もしも地球がここを残して消えてしまったら、私はりとと世界の終わりまで二人きりだ。こんな綺麗な隠れ家、スクーパーズには見つけられたくないけれど、いつかは見つかってしまうだろう。そう考えると、この場所をことこに知られるのさえ、ひどく怖くなってきた。

もし、ここにいるのがりととことこだったら。私は破滅を願うのかしら? PARKで一人、もう意味のないレア・アイテムに囲まれて。

私が何も答えずにいると、そのまま静かな時間が流れていく。ポンプの動く音が耳に障るくらいには静かで、お互いの鼓動さえも共有できてしまいそうだ。

「ね、まり——」

と、頭を起こしたりとが私の耳に吹きかけるように囁いた。

「いや。やめて」

吐息まで熱を帯びたその声が、私の頭にじわりと広がって思考が止まりそうになる。身体がほのかに温かくなるのを意識しながら、私は嫌な予感を拭えずに彼女の言葉を遮ってしまう。

「——ちょっとだけ、一回だけしよ?」

「い・や・よ!」

先っちょだけだからーと言いながら、りとが缶を持ったまま私の首に腕を回す。りとの腕は思ったよりも冷たくって、私の体温まで上がっているのを否が応でも感じてしまう。あぁ、私の大事な友人はもう随分と(私もだいぶキているけれど)曖昧になっているみたいね。だから外ではお酒を飲まないでって言ってるのに!

「下品なことを言うのはやめて! それに……ことこが怒るわよ?」

「うん。だからちゃんと内緒にしてね、まり」

りとが指に人差し指を当ててウィンクをした。三人でいつも一緒にやってきたのに、二人だけの秘密だなんて……浮気みたいなものじゃない? ことこが悲しそうな顔をしているのを想像して、嫌になる。とにかく私、隠し事とかそういうの苦手なんだけど。

作った秘密は、消せないんだもの。

「私ね、仲間外れは嫌なのよ。りとも分かるでしょ? りとだって、私がことこと、その……こういうことをしてたら、嫌でしょ?」

「んー、別に気にしないかも。だってまり、分かりやすいもん」

「な、何よそれっ!」

まるで考えていることが全部見透かしているようなことを言う。まぁ確かに、感情をいつも隠せずにいる自覚はあるけれど、だからって……。

分かりやすいのは私だけで、実は私の知らない間に二人が私に言えないようなことをしているんじゃないかって、たまに心配になる。二人の間に何も秘密がないとして、私を中心に三角関係ができていたとしても、それはそれで面倒そうだけれど。

「あ、分かった! まり……ことこと、えっちしたいんだ? ふふ、面白い」

「どうしてそうなるのよ! お酒に飲まれて適当なこと言うのやめてってば」

「まり、私のこときらいなの……?」

酔ったりとが繰り出す脈絡のない話も、いつもは適当に聞き流せば済むはずだけど、今回は答え一つで簡単に貞操が危うくなってしまうと思うと一人で緊張してしまう。じっと私を見つめる彼女の視線に耐えきれなくなって、私はそろそろと目を逸らす。

「きらいじゃ、ないわ。一緒に暮らしてるんだもの。りとのことも好きだし、ことこだって好きよ」

「じゃあいいじゃん。ほら、もっと飲んで気持ちよくなろ?」

「だから、ことこが——んむっ!」

りとが目を離した隙に、いとも簡単に私の唇を奪っていた。唇の熱が私の顔まで熱くする。忘れられないこの感覚は、やっぱりことこには内緒の気持ちになってしまうのだろう。

いつの間にか彼女は膝立ちになって私を押し倒すような格好になっていた。りとは重力に任せて私の口をとろとろでいっぱいにして——ってこれ、お酒だわ! 流し込まれるアルコールの波にむせてしまいそうになるけれど、今咳き込んでしまったら私の顔までびしょ濡れになるのは避けられないので何とか飲み干した。

私、そんなにお酒に強くないんだけど!

「あー……待って、りと。分かったから! まず、服を脱いで」

りとの肩に手を置いて落ち着かせようとするけれど、一層揺れる視界の中で彼女は私を見てにやにやと笑っている。何よ、私の顔に何か付いてるっていうの?

「まりって本当にえっちだね。うふ、ふふふ」

「ち、違うわよ! 帰りの服が無くなったら困るからに決まってるでしょ!」

あぁ、もう! 二人で探検なんてもうこりごりよ!

???

「りとちゃんまりちゃん。報告書に書けないことはしないほうがいいよ……?」

「そうかもね。でも、可愛いクラゲの平穏と静寂を守れたから、朝はとっても気分が良かったの! ね、りと?」

「ふふ。これからはちゃんと気を付けなきゃね、まり」


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